堺市 妙国寺、南宗寺を訪ねて
2007年3月23日 堺市にある妙国寺、南宗寺を訪ねた。
★妙国寺は、堺東駅より徒歩10分のところにあり、泉陽高校の東に位置する。1562年建立の日蓮宗寺院で三好義賢が土地と蘇鉄を寄進したことに始まる。大阪夏の陣で焼失、その後再建されたが堺空襲により再焼失。ボランティアのガイドの人の説明では、この寺の見所は蘇鉄と堺事件であるとのことで詳しく説明してくれた。
①蘇鉄:樹齢1100年。織田信長が安土城に移植したが「堺に帰りたい」と蘇鉄が泣くので妙国寺に戻したという言い伝えがある。帰りに蘇鉄の種をもらった。
②森鴎外の小説「堺事件」(明治初年の土佐藩士によるフランス水兵殺傷事件)の舞台となった寺。土佐藩士11名が責任をとって切腹させられた。資料室には、土佐藩士の時世の歌や遺髪の展示があり、当時のことが偲ばれる。
③織田信長が本能寺の変で亡くなった時、家康がここに泊まっていたが、事件を知って、織田信長の同盟者として一度は切腹しようとしたが思いとどまり、慌てて三河へ帰国したという。
★南宗寺は南旅籠町にある臨済宗大徳寺派に属す。三好長慶が父元長の菩提を弔うために立てた寺である。大阪夏の陣で焼失したが、沢庵和尚らの尽力により再建された。
①茶道との関係では、武野紹鴎及び千の利休の墓碑あり。又、利休好みの茶室実相庵がある。
②仏殿の天井には狩野信政筆の「八方睨みの龍」が描かれている。
②徳川家康の墓:大阪夏の陣の時、家康は後藤又兵衛の槍で命を絶ち当地で命を絶ったという伝説あり。秀忠、吉宗らが、将軍就任時、必ずこの寺を訪れたという。
南宗寺
(利休ゆかりの
茶室
実相庵)
妙国寺
(樹齢1100年
の蘇鉄)
南宗寺
(入口の門)
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