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2007年8月15日 (水)

会社を愛せるかどうか

◆日本人の会社への帰属意識は世界の平均的なレベルに比べて高いと思われる。この帰属意識の高さが仕事をする場合の当事者意識の強さにつながり、モノづくりの面での日本企業の品質レベルの高さに反映されていると考えてよさそうだ。

最近、日本企業における品質上のトラブルが目につくが、これを差し引いて考えても、そのように何とか言えるであろう。

◆帰属意識が高いということは愛社精神が強いとも言える。この愛社精神というものは、他人から教えられたり、会社での教育によって芽生えるものではなく、個人の内面から湧きあがるべきものである。

ここで会社を愛するということに関して心温まる話を紹介したい。私の知人の会社のことだが、経営者から聞いた話ではなく、そこで働いている従業員の方から聞いた話であるので真実性がある。

その会社のある従業員が、病気を患い、数ヶ月休暇を取らざるを得ない状態にあった。彼は自分が休暇を取ることにより、会社に迷惑をかけることになるので、退職を申し出た。しかし会社を退職することにより、生活が不安定になり妻子の生活が脅かされるような事情があった。
このような事態に感ずいた社長は、辞職願を却下し、彼が病気の療養に専念するように言い、療養中の給料は全て支給すると共に、彼が療養中は、他の社員が彼の仕事を分担してカバーするように取り計らった、他の従業員の人も喜んで彼の仕事を分担した。かくした後、彼は、健康を取り戻し職場復帰し元気に働いているという。

このような思いやりのある経営者がいて、社員同士のコミュニケーションが良好な職場環境の下では、愛社精神も自然と芽生えてくるのであろうと私は思った。

◆愛社精神と類似したものに愛国心があり、最近、愛国心という日本語がメディアを賑わせている。
塩野七生氏は、文芸春秋の記事「日本と日本人への10の質問」の中で、次のように述べている。「愛国心は結構ですが、愛国心教育というものが可能なのか、私は疑問に思っています。中略。教室で教師がどのようにして教えるのか。愛国心は人間の心の外側から与えられるものではなく、内面から湧きあがるべきものではないでしようか」と、

また、山崎正和氏は同じ文芸春秋の記事「私の道徳教育反対論」の中で、道徳には「取引の倫理」と「内面の倫理」があり、愛国心というのは「内面の倫理」に属するものである。価値観が多様化している現代社会では、道徳の内容さえ揺らいでおり、誰もが納得している道徳というものはないので教えるのは難しい。教えられるのは前者の「取引の倫理」だけだと述べている。取引の倫理とは、法的なルールである。即ち、同氏も愛国心の教育は難しいと結論付けられている。

両氏の述べられていることは尤もなことのように思われる。

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