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2008年7月 2日 (水)

マザー・テレサが遺した精神的遺産

マザー・テレサがどのような生涯を送ったのか詳しく知りたかったので、マザー・テレサの英文の自叙伝を以前買い求めてあったが、忙しさの所為にして、ずっと積読のままであった。

先日、テレビ番組を見ると映画「マザー・テレサ」(2005年、ファブリツィオ・コスタ監督、オリヴィア・ハッセー主演)が放映されるとあったので、これはマザー・テレサを知る良い機会だと思い観た。

以下は私が、マザー・テレサに関して自分自身の記憶をとどめるために、この映画の内容及びウイキペディア百科事典の記載内容から自分に興味のある部分を抜粋したものである。

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映画の概要:

物語は、1964年、インド・カルカッタにあるアイルランド系修道会であるロレト修道女会で教鞭をとっていたマザー・テレサが、「私の居場所は修道院の中ではありません。最も貧しい人々のところです」といって院外活動を始めるところから始まる。

そして4年後、修道会に属しながらの活動に限界を感じ、新しい教団(神の愛の宣教者会)を設立する。更に1965年、ハンセン病患者のための平和の村の建設計画に着手。しかし完成までの道のりは、中傷や詐欺事件に巻き込まれたりして予想外の困難がつきまとった。

以降、ホスピスや児童養護施設を開設していくが、ケアする相手の状態や宗派を問わないマザー・テレサ達の活動は世界的な関心を呼び、いまや教団の活動は世界規模に広がり、国際的に名前が知られるようになった。

そして、1979年にはノーベル平和賞を受賞。彼女は受賞者のための豪華な晩餐会の出席は断ったが、賞金6000ドルはカルカッタの貧しい人々のために受け取った。賞金を受け取った時「このお金でいくつのパンが買えますか」といったと伝えられる。

1997年、世界が見守る中、彼女は87年の生涯を終えた。
マザー・テレサが亡くなった時、「神の愛の宣教者会」のメンバーは4000人を数え、123国、610箇所で活動を行っていた。活動内容はホスピス、HIV患者のための家、ハンセン病患者のための施設、児童養護施設、学校などである。

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補足説明:

マザー・テレサ(Mother Teresa)
  本名アグネス・ゴンジャ・ボヤジュ(「花のつぼみ」の意)について:

「マザー」は指導的な修道女への敬称であり、「テレサ」は修道名である。
死後、「カトリック教会の福者」の称号を与えられた。福者とは、カトリック教会において、死後その徳と聖性を認められた信徒に与えられる称号である。

オスマン帝国領のコソボ、ウシュクブ(現代のマケドニア共和国・スコピエ)でアルバニア人のカトリック教会の家庭に生まれた。

彼女は、勲章「教皇ヨハネ23世平和賞」を初めとして多くの賞を得ているが、最も有名なものは、上記に記したノーベル平和賞である。受賞時のインタビューの中で「世界平和のために私達はどんなことをしたらいいですか」と尋ねられた彼女の答えはシンプルなものだった、「家に帰って家族を大切にしてあげてください」と。

筆者注:彼女は教団の組織化を嫌ったという。それはそうだろうと思う。
善意に支えられたこの種の活動が、例えば株式会社化すると、利潤というものが前面に出てきて、儲けというものに執着する不心得者が現れる。日本においても、先日解散を余儀なくされたグッドウィルの様なとんでもない企業が介護福祉という美名の下に、活動を許されてきたことを忘れてはならない。


マザーテレサが遺した精神的遺産は、彼女が語った次の含蓄のある語録に集約される
のではないかと私は思う。

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語録:ウイキペディア百貨辞典より

  • 私は、なぜ男性と女性が全く同じであると考え、男女の間の素晴らしい違いを否定する人たちがいるのか理解できません。
  • 女性特有の愛の力は、母親になったときに最も顕著に現れ、神様が女性に与えた最高の贈り物―それが母性なのです。
  • 子ども達が愛することと、祈ることを学ぶのに最もふさわしい場が家庭であり、家庭で父母の姿から学ぶのです。家庭が崩壊したり、不和になったりすれば、多くの子は愛と祈りを知らずに育ちます。家庭崩壊が進んだ国は、やがて多くの困難な問題を抱えることになるでしょう。

  (以上、北京世界女性会議へ宛てたメッセージ)

  • 愛の反対は憎しみではなく、無関心なのです。
  • この世で最大の不幸は戦争や貧困などではない。寧ろそれによって見放され、“自分は誰からも必要とされていない”と感じることです。
  • 銃や砲弾が世界を支配してはならない。大切なのは愛である。
  • 苦しみが私達の生活に訪れて来る時、ほほえみをもって受け入れましょう。神が送り給うすべて、求め給うすべてをほほえみながら受け入れる勇気は、神からの最も偉大な賜物といえます。
  • 日本人はインドのことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。愛はまず手近なところから始まります(1981年4月、初来日の際)。
  • 私は受賞に値するような人間ではないけれど、世界の最も貧しい人々に代わってこの賞を受けます(ノーベル平和賞授賞式でのスピーチ)。
  • 帰って家族を大切にしてあげて下さい(ノーベル平和賞受賞の際、インタビューで「世界平和のために私達はどんな事をしたらいいですか」と問われて)。

晩年、神の沈黙と不在に絶望し、孤独に苛まれていた事が、死後公開された書籍内容によって明らかになった。 このことは、彼女は自身の活動に対しては非常に厳しく、またラジカルな姿勢でもって臨んだとも言えるだろう。
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by yagiyoshiakihttp://homepage3.nifty.com/yagikeieioffice/

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