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2008年9月

2008年9月28日 (日)

自ら創り上げたユニークな経営スタイルのスーパー

人口わずか3万人の地方都市・鹿児島市阿久根市「A-Zあくね」というユニークなスーパーがある。生鮮食品から日用雑貨、更には自動車販売(軽自動車の新車と
新古車に限られているが)、車検まで取扱い、取扱い品目は35万点以上と、生活必需品フルラインの品揃えで、3,500坪の売り場面積を持つ、低価格、24時間営業の店だ。日本初のスーパーセンター業態のこの店には年間650万人の買い物客が訪れる。

過疎の傾向にあるこの地で成功した大型スーパーとして、時々メディアで採りあげられているが、私も先日、TVのカンブリア宮殿で知った。

社長の牧尾氏がこの地での生活者として、田舎のスーパーは品数が少ない上、意外と価格が高いということを感じ、困っている消費者に協力したい、もっと地元を活性化したい、との想いを込め、地域の生活者に貢献することを第一、利益は第二として、1977年に立ち上げたスーパーである。今では売上100億円を超えるまで成長した。

A-Zあくねの特徴的な点を次に記す。
・3万人程度の小商圏の消費者を相手に商売を行っている。大きな商圏を対象とすれば、いずれは大手が進出し顧客を奪われるからだ。

・先に記したように、品目が多岐に亘っており、この店に来れば欲しいものが何でも揃うという消費者の期待に応えている。そのため品目の中には、月に1個とか年に1個しか売れないもの、例えば、特殊な草履とか、巨大な鍋とかも含む。

一般的に量販店は、坪当たりの売上を上げるために売れ筋商品を絞り込み、商品の回転率を高めるために効率性を考慮するが、A-Zではこの常識を覆し、これの逆を行く。

・これを支えるのが徹底したローコスト・オペレーションだ。阿久根は地価が安いが、それに加えて、建物は簡素にし、ランニングコストも可能な限り抑制する仕組みを構築している。A-Zでは購買担当者がいない。売り場担当者が商品を仕入れて自分で陳列する。また、毎日がロープライスだからチラシも必要ない。

・売上や利益は後からついてくるということで、お客さん第一、利益第二主義である。

・送迎バスサービスがあり、電話予約すれば高齢者や移動手段を持たない人も来店することが可能である。

・60歳以上や身体障害者には5%のディスカウントがある。
・夜9時から翌朝7時までの売上が3割を占める。

そもそもこの店は、自動車会社で設計という現在の小売業とは縁の遠い仕事をしていた牧尾氏が弟さんの事業を引き継いだものだというから驚きだ。

当初、売り場面積300坪程度のホームセンターを経営していたが、赤字を余儀なくされる。周囲やコンサルタントから、売り場を小さくして再起を期しては、とアドバイスされたが、牧尾氏は逆に売り場を増やして、現在の3,500坪に拡張し、それを24時間で営業しようと決め、功を奏した。このような小さな商圏で3,500坪という大規模な店でやれるというシミュレーションは行ってのことである。

最後に、特筆すべきは、牧尾社長は、社員の給与は必ず一人ひとり手渡し、その時何らかの対話を行っていることである。これにより、社員とのコミュニケーションを図るよう努力しているということである。優れた経営者は従業員のことをよく考えているという点では世の中の常識と一致する。

右記の情報を一部参考にさせて頂いた→元気印企業の経営戦略に学ぶ

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2008年9月22日 (月)

山田製作所・・大阪・大東市にある小さな大会社

先日、枚岡合金工具㈱社長の古芝さんの紹介で、㈱山田製作所さんを訪問した。そもそも同社の名前を知ったのは、古芝さんから、うち以上に徹底した3Sを実施している企業があるので、一度行かれたらとかねてから聞いていたからだ。

JR鴻池新田駅から歩いて15分、住宅と工場が入り混じった中に、同社があった。玄関のところには、“本日のお客様”ということで私の名前が掲示されており、山田社長の笑顔で迎えられた。工場に足を踏み入れたところで、同社の持つ優れた企業の雰囲気を感じる。

今回の訪問の主な目的は、同社の3S(整理・整頓・清掃)の実施状況を勉強させて頂くことであったが、私が得た訪問の成果は3Sにとどまらず、広く経営全般に亘るものであった。ブログ記事の中でこれらの全てを網羅することは不可能であるので、
印象に残った点を抜粋して記す。

同社は、創業1959年、現在の社長・山田茂さんは2代目だ。
昭和34年にプレス加工を主として創業。その後、板金加工、製罐加工、機械加工と技術革新を行い、現在では自社による省力化機械の設計製作も行っている。

全て、受注生産でいわゆる自立型営業の会社である。現在は、この業界の中では良く知れた企業であるので、新規顧客は、全て紹介、あるいはホームページを通じた顧客だ。

同社にも苦難の時代があった。2000年には債務超過も経験した。そのような時、会社を立て直そうと始めたのが、先に述べた枚岡合金工具㈱さん等と一緒に始めた3Sだ。

同社のいう3Sは、世間一般に言われている5Sをも含めた企業全般の経営革新
である。これにより、同社は蘇り発展した。従業員17名という小所帯ながら大会社の風格を備えていることが見学を通じで感じられた。

まず、3Sのことだが、整理・整頓・清掃を徹底的にやれば清潔と躾けは自然とついてくるという考えだ。今要るモノ、急がないモノ、要らないモノに分けて整理・整頓・清掃を行っている。

その一例をご紹介すると、毎朝行う朝礼の後、毎日、10分間、場所と担当を決めて掃除を行う。社長自らもこれに加わる。従って同社では年末の大掃除は必要でない。
また、材料収納箱、機械・装置などは、全てキャスター付きで移動可能であり、これにより掃除のしやすさや、場所の有効利用を可能にしている。また、消耗品管理版により小物の発注作業を容易にしている、等。

同社では上記の3S活動により、「守るべき事を決めて、決めた事を守る」という企業文化を育成することで、活動を通じて社員全員の価値観が同一となり、何事にも全社一丸で挑戦する気持ちが出来た。と言われていたが、事実、私も、工場見学を通じて社員の方々の態度を見ているとそのように感じた。

最後に、会社経営に関する全般的なことに関して、私が感動した内容の一部をご紹介したい。

・社員とのコミュニケーション:“今日の「報連相」”という日報を社員に毎日書いてもらい、これにコメントを書いて返す。これならばそんなに時間をかけなくてもできると思うが、コメントの量は、必ず日記に書かれた量と同程度以上としており、形式的な真心がこもっていないコメントを書くことを戒めている。

・財務状況は新人社員も含め全員に開示。財務諸表が読めない者には、一人ひとり教えている。これにより経営の透明性を高めている。また、当然ながら利益の公正な配分ルールを決め実施している。

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上:社長の山田茂さん。 背後に見えるのは消耗管理板
下:工場全体の管理板
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2008年9月18日 (木)

農林水産省による杜撰な管理

大阪の米販売会社・三笠フーズが工業用に限定された「事故米」(カビ毒や農薬が検出された輸入米)を複数のルートで焼酎メーカーや和菓子メーカーに食用として販売していた事件は深刻だ。

三笠フーズが会社の経営が厳しかったからという理由で、食用と偽って有毒な事故米を流通させたことは、意図的な殺人罪に相当するものではないかと思うのである。

一方、農林水産省は、事故米を三笠フーズに売っておきながら、96回もの無意味な立ち会い検査を繰り返し、不正を見抜けなかったという。そして転売先の焼酎メーカーや和菓子メーカー名を最近公表した。これにより何の責任もないこれらのメーカーは信用を失い深刻な経営状態になりかねない事態となっている。

これらのメーカーは ”我々も被害者である。不正を見抜けぬ役人名こそ公表を!”と農林水産省への憤りをあらわにしている。全くその通りだ。

農林水産省は、一次的な責任は三笠フーズだと言い放っている。とんでもないことである。本来、有害で売ってはならないものを食品会社に販売したこと自体も問題であるし、また、その後の杜撰な検査を繰り返し、不正を見抜けなかった農林水産省こそ一次的な責任者であるといわざるを得ない。

それにしても、農林水産省といい、厚生労働省といい、近年、役所の業務怠慢が惹き起こした事件が多いのには驚く。

現場の意見を聴かず、また現場を見ないで空論で物事を決めている役所の仕事のしくみが原因だ。改めてもらう必要がある。

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2008年9月12日 (金)

四万十川・祖谷渓

8月末、四国の四万十川及び祖谷渓を訪れた。

◆滑床渓谷から四万十川下流へ
 義祖父が住んでいた宇和島市内を通り滑床渓谷へ。滑床渓谷は四万十川の源流に広がる約12KMの大渓谷だ。子供達が水遊びをしていた。四万十川の源流だけあって水は限りなく澄んで冷たい。

 その後、四万十川の下流へ。四万十川は本流に大規模なダムが建設されていないことから、「日本最後の清流」と呼ばれている。日本の秘境100撰のひとつでもある。全長196KM、高低差が小さいので流れは緩やかだ。カヌーを操る人が多く見られた。

 古くから漁が盛んに行われてきた。天然ウナギ、鮎、ゴリなどの魚介類の他、青海苔の産地として知られている。川漁で生計を立てている人が多いことでも日本有数の河川だそうだ。

屋形船に乗り遊覧。伝統的な漁である投げ網、柴漬け漁の実演を見る。今年は雨が少ないため流量は少ない。また、今年は蛍が異常発生したそうだ。この辺りには源氏蛍もいるが、多くは姫蛍という強い光を放つ蛍だそうだ。

◆祖谷渓
 祖谷地域は吉野川の支流・祖谷川にあり、深山幽谷の景観を擁する。平家の落人が住み込んだ地域として有名。この辺りは道路と併行して土讃線が走る。

 山の急な斜面には人家が点在している。最近でも日本に魅せられた西欧人がこの地域で生活しているという。

 かずら橋付近は、学生時代、松山での陸上競技部の合宿後、友人と訪れたことがある。
その時の様子を僅かにとどめていたが、観光地化してすっかり様変わりした。おおきな土産センターができ賑やかだ。40M程のかずら橋を渡り、昔を偲ぶ。

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滑床渓谷

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四万十川

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祖谷渓
かずら橋

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大阪難波にて

先日、大阪難波近くの三間堂という店で友人のKさんと食事を共にした。
友人といっても、Kさんは私より10歳年上である。

昔、士業試験合格を目指して一緒に勉強した仲間であるので、それ以来あまり年齢を気にせずお付き合いさせて頂いている。

久しぶりにお会いしたので、3時間あまりの時間が仕事の話や家庭の話であっという間に過ぎ去る。概ね仕事の話であったが、お互いに経営相談を行った企業の話に及び、やはり上手く行っている企業は、経営者が私欲を抑制し、従業員思いであるということが共通点であった。

そもそも今回Kさんにお会いしたのは、Kさんが経営指導した企業の中で、現場での改善がうまく行われている事例を教えて頂くことであったが、予期した通り、適切な情報が得られた。

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第26回事業化交流マッチング (大阪府異業種グループ交流促進協議会)

大阪府の「事業化交流マッチング」は、販路開拓・業務提携など異業種企業との交流や事業化を目的として2002年に始まった。

今回は26回目で、2008年9月10日、大阪産業創造館イベントホールで開催された。
私は前回に引き続いてコーディネーターとして参加した。

今回のマッチングは、「ニッチ」「ユニーク」「珍しい」企業とマッチングしたい方大集合!をテーマにして開催され、100名を越える参加者があり盛大であった。

上記のようなテーマを主題としているということもあり、プレゼンテーション企業にはテーマを反映したユニークで珍しい製品・サービスを提供する会社が多かった。

例えば、歯科技工歴を持ち、歯軋りや噛み締めから歯を守るマウスピースを開発した会社、メッキ加工業を営みながら、その技術を展開して遊戯用ダーツや販促品の携帯灰皿を作っている会社、鋭利な刃物でも切れない生地を開発し、西陣織物工業組合の

協力を得て商品化に成功した会社、金箔が細菌増殖を防ぐとともに刺激が少なく保湿効果があることに注目して、金沢の産学官の協力の下、美容用材料を開発した会社、親子の幸せな瞬間を記録し、家族間のコミュニケーション向上を図れるブログサービスを無料で提供し、子供の成長に合わせてメモリアル商品を販売する会社、等

会合は、プレゼンテーション企業8社によるプレゼンテーションの後、参加者がプレゼンテーション企業を中心に8グループの分れ、各グループを担当する進行役のコーディネーターの下で、企業対企業のマッチングが行われた。

私がコーディネーターとして担当したグループは、プレゼン企業である日清工業㈱専務の竹本氏を囲んで、日清工業㈱が取り扱っているメッキ関連製品や販促品に関するもの等を中心として、相互に活発な取引の打診が行われた。下記の写真は、このグループの参加者の方々である。


このような異業種交流会の効果については、色々と議論されているが、直ぐに商談等の成果に至ることは少なく、継続的な参加により人脈を徐々に拡大すること、等、地道な活動により成果を得たというような話をよく耳にする。

そう言った意味で、この大阪府異業種グループ交流促進協議会は約6年間の歴史の下、事務局の小橋事務局長さんと永井さんのご尽力もあり、着実に成果をあげつつあり、多くの異業種交流会の中でも成功した代表的な成功例ともいえると思われる。

大阪府異業種グループ交流促進協議会のHPは→ここをクリック

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2008年9月 4日 (木)

地域の活性化について

私は、先月8月の始めから、大阪府の仕事として、財団法人・大阪産業振興機構で地域活性化コーディネーターという役目をさせて頂いている。

大阪府の中小企業支援対策として、おおさか地域創造ファンドというのがある。今年度は、橋本府政による予算再編成により公募時期が遅れたので8月の始めから終わりにかけて、その選定作業があった。私は、オブザーバーとして大阪府下の幾つかの地域の選定作業に参加する機会があった。

因みに、このファンドは、技術や人材、歴史、伝統など、地域の資源を活用した新しい事業で、地域の中小企業に広く波及効果を与えるなど、地域活性化に資する事業に対し支援するものである。

応募企業は、モノを製造する企業、街の賑わいを創出する企業、農業に関連した企業、環境保護に寄与する企業、観光やレジャーを創出するサービス業、等々、様々であり、世の中には新しい事業を立ち上げようと努力されている多くの企業や個人の方がいて、日本における起業が依然、健在であることを認識した。

応募企業の多くは、モノを製造する企業であったが、今回出席して目についたのは、農業に関連したビジネス案件も多くあるということであった。

例えば、ある出版社に勤められている女性の方による「食育塾」設立というのがあった。
これは、農村の近郊都市に住む若い世代の子育て中の母親を対象として、
昔の母親が担った役割を担う機関として、農地と民家を利用し農業体験と調理実習・講習会を行い、食に関する知識を習得し、自らの食を自分で選択する判断力を身に付けてもらうための塾を作ろうというもの。食の安全や食料の自給率向上が叫ばれている世の中でタイムリーな試みであると思った。

また、栗の栽培において、摘果といい、果実の数を制限することにより、一つづつの栗の果実に多くの栄養が行き届くようにしているが、この時摘果された栗は、従来は廃棄処分されているが、既存の粉末技術を使って有効に利用しようとしている企業もあった。

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ところで、徳島県に上勝町という小さな村がある。村の半数近くは65歳以上のお年寄りだ。以前はミカンの栽培が行われていたが、災害により壊滅的な打撃を受け、村の産業は行き詰った。

ここに一人の外部からの起業家精神を持った横石さんという方が現れ、山にある木の葉を、東京などの高級料亭に、日本料理の「つまもの(飾り)」として商品化し、販売するビジネスを10年以上の歳月をかけて開拓したという。

他にも横石さんが展開する事業は多くあるらしいが、この木の葉ビジネスだけでも年商3億円近くになるという。まさに、地域活性化の模範的は事業とも言える。
雑誌や新聞で度々紹介されている。

上勝町の木の葉ビジネスについては→ ㈱いろどり(彩)を参照下さい。
同社が出荷する様々な「木の葉」商品が見られて面白い。

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下記は同社の紅葉の”つまもの”
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2008年9月 3日 (水)

歌は世につれ

◇先日、NHK番組「第40回思い出のメロディー」を観ていて、戦後の昭和の時代に歌われて来た歌はまさに、「歌は世につれ、世は歌につれ」という言葉が示すように、世の中の様相を反映してものであり懐かしく思った。

番組では、当時の歌手が久しぶりに出演し、昔と変わらぬ元気な姿で歌われている姿を見て勇気づけられたし、一方、既にお亡くなりになった歌手もいて、その故人の歌を現在の若い歌手が代わりに歌っている姿を見て、故人を思い浮かべたりもした。

◇それらの歌を聴いて、その歌を歌われた時期、世間はどのような状態であったであろうか、政治の面では?、経済面では?、あるいはどのような社会的な出来事があったであろうか、等々、昔を振り返る。

◇また、歌によっては慰められたり、元気をもらったりした歌も多い。歌好きの私の人生は歌と共にあった。

◇番組で歌われた歌を少し思い出のために書き遺しておきたい。
 
 ・東京ブギブギ(昭和23年:笠置シズコ) 
  ・東京キッド(昭和25年:美空ひばり) 
  ・有楽町で逢いましよう(昭和32年:フランク永井) 
   ・お別れ公衆電話(昭和34年:松山恵子)
  ・僕は泣いちっち(昭和35年:守屋浩)
  ・ああ上野駅(昭和39年:井沢八郎)    
  ・夜霧よ今夜はありがとう(昭和42年:石原裕次郎)
  ・空に太陽があるかぎり(昭和46年:錦野旦)
  ・津軽海峡冬景色(昭和52年:石川さゆり)
  ・ダイアナ(ポールアンカ)
  ・ハートブレイクホテル(プレスリー)

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