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2009年7月

2009年7月31日 (金)

関学ビジネス講座

関西学院大学が社会人のために大阪梅田キャンパスで「関学ビジネス講座」を開催しているのを知り、その中に興味のある講座があったので、7月、夜7時からの3回に亘る講座を受講した。

最近、中小企業の方に製造業におけるマーケティングの必要性を説いているので、そのためにも大学の先生の最新のマーケティング理論を聞いておきたいという気持ちになったからである。

受講生は、10名(内、女性3名)で全て私よりも若い方で、若い人たちに混じって久しぶりに学生気分に浸った。皆、熱心で、質疑などを聞いていると復習もしっかりとやって授業に臨んでいる様に感じた。講座名は「現代マーケティング戦略」。その内容は顧客価値の創造と維持、顧客の好みと製品開発、リレーションシップ・マーケティング、で事例を交えながらの説明は分りやすかった。

マーケティングの基礎的な知識が必要であったが、先生の説明は上手く、質疑を含めた講義は充実したものであった。最後にはレポートを提出する必要もあった。

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QCサークル近畿支部の発表大会

7月末、QCサークル近畿支部が主催するQC活動発表大会があった。今回、9会場を使っての大会であった。私は第5会場の川村義肢㈱で聴講した。

参加企業は全体として大企業が多いものの、元気な中小企業もかなり参加していた。
私の参加した第5会場の発表者は全て病院とか障害者施設など、医療施設の関係者で、それらの施設におけるコスト削減とか業務のムダの削減、部門間の連携強化、などに関する活動について上手く発表されていた。発表者は、全て看護師やヘルパーさんなど、若い方で、内容的にも良く頑張っている、という印象を受けた。

最近、製造業でのQC活動が停滞しており、サービス業などにおけるQC活動が増えて来ているというが、その状況がよくわかった。

発表プログラム終了後は、会場である川村義肢㈱の施設見学であった。同社は義足や車椅子などの生活用品を製造している従業員574名の中堅企業である。今回の発表大会では、顧客満足度合い向上のための活動について発表していたが、施設見学した際にもQC活動のレベルがかなり高いとお見受けした。

その後、グループ討議があったが、QC活動を活発にするためにはどうすればよいか、QC活動は時間内か時間外か、どちらかよいのか、時間外の場合の手当ては?などに関する意見交換が行われた。

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Simg_1627

川村義肢㈱
の施設見学

QC活動の
状況を示す
掲示が目に
ついた。

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2009年7月26日 (日)

イタリア紀行(その3)

<ポンペイ>
ポンペイは紀元前8世紀に建設された商業都市で、ナポリの南東に位置する港町。紀元前4世紀に古代ローマの支配下に入って発展を続けていたが、79年、ヴェスヴィオ火山の噴火により街は一瞬の内に瓦礫と灰の中に埋もれてしまい、そのまま忘れられていたが、1748年、ナポリのカルロ7世が発掘し、当時の街が蘇った。船着場、車の轍が残る街道、倉庫(遺品やミイラが保存されている)、浴場、パン屋、などを見学。

<カプリ島>
ナポリから30km南、人口2000人の小さな島。風光が美しい。歴代の古代ローマ皇帝の別荘地であった。島の名所が「青の洞窟」。光の屈折で神秘的な青い色に変化した洞窟内の海面の美しさは感動的だ。洞窟内に入れるかどうかは波の静けさにかかっており、我々のグループは幸運にも入ることができた。

<ナポリ>
ローマ、ミラノに次ぐ3番目の都市。昔から「ナポリを見て死ね」という諺があり、世界3大美港のひとつを持つ。しかし、近年、ゴミの問題で街の様相が変わり、その回復が世界の注目を浴びている。事実、ナポリの街の汚さは予想外であった。ゴミが散乱し、道路の未補修などが目についた。

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S78

ポンペイ
の遺跡

S714

ナポリから
カプリ島に
向う船上

遠くに
見えるのが
ヴェスヴィオ
火山

S715

カプリ島

青の洞窟
入り口

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イタリア紀行(その2)

<フィレンツェ>
紀元前59年にカエサルが退役兵士に土地を与え、城壁をめぐらせた町を造ったことが起源。その名前の由来は「花の女神フローラの町」という意味でのフロレンティア。15世紀に織物と銀行で財を築いた豪商メディチ家がルネッサンス文化の扉を開く。

訪れた所:ミケランジェロ広場、シニョーリア広場、ウフィッツイ美術館、サン・ジョバンニ洗礼堂、ヴェッキオ橋、ドゥオモ

ミケランジェロ広場はアルノ川の対岸で、フィレンツェ市内を見下ろす小高い丘の上にあり、そこからの眺望は素晴らしい。広場の中心にミケランジェロのダビデ像(複製)が立っている。シニョーリア広場は噴水やダビデ像などの彫刻群があり芸術性満点だ。ウフィッツイ美術館はメディチ家が収集した多くの絵画等を所蔵する。ボッティッチェッリの「ヴィーナスの誕生」「春」などを見学。サン・ジョバンニ洗礼堂はロマネスク式の八角堂で、ミケランジェロが「天国の門」と命名した旧約聖書の物語が刻まれた門を持つ。ドゥオモは、メケランジェロが1471年に完成させたクーポラを持つ世界で3番目に大きい聖堂である。

<ピサ>
ピサは、11世紀から13世紀にかけて東方と交易する港町として発展。11世紀にピサの艦隊がイスラム教徒を破り、戦利品でドゥオモを建設。1173年から鐘楼(ピサの斜塔)の建設に着手、途中、地盤低下で傾くがそのまま続けて1350年に完成した。ガリレオ・ガリレオの落体実験で有名である。観光客が、斜塔を背景に、それを支えるようなポーズで写真を撮る光景が印象的であった。

<ローマ>
紀元前753年、ギリシャ神話の英雄の子孫・ロムルスにより建国され、都市国家から王政を経てローマ帝国の首都となった。ローマ帝国滅亡後は、大小の国に分裂し、15世紀からはローマ法皇領の首都としてルネサンス文化の中心地となる。

訪れた所:コロッセオ、フォロ・ロマーノ、ヴァチカン市国、トレヴィの泉、スペイン広場

コロッセオは4階建ての巨大な円形競技場で、現代の15階建てビルに相当するという。近くには新旧二つの凱旋門があった。フォロ・ロマーノは古代ローマ帝国の宗教・政治・司法・文化の中心地。ヴァチカン市国はローマ法皇と聖職者や閲兵だど人工1000人という世界最小の独立国、約10億人の信者を持つカトリックの総本山である。訪れた時は丁度、世界ミットが開催されており、アメリカのオバマ大統領がヴァチカンを表敬訪問中であったので、厳しい警戒体制が敷かれていた。サン・ピエトロ広場とその中に立つサン・ピエトロ寺院の景観は壮大であった。
トレヴィの泉は「泉に背を向けてコインを投げるとローマ再訪が叶う」という有名な言い伝えがある泉で、多くの観光客で溢れていた。スペイン広場は映画「ローマの休日」で一躍有名になった広場で、ここで毎年、ファッション・ブランドがショーを開催しているという。

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S41_2

<フィレンツェ>
ミケランジェロ広場
よりのフィレンツェ
の眺め

S410_2

<ピサ>

ピサの斜塔を
背景にした
写真撮影

若い女性が
斜塔を支える
ポーズを
とっている

S51

<ローマ>

コロッセオ
前での一行
の記念撮影

S62

<ヴァチカン
市国>


オバマ大統領
訪問で警護する
警官

S64

オバマ大統領
のヴァチカン
訪問を伝える
現地の新聞

Simg_0011 

ウフィッツイ
美術館

ボッティッ
チェッリ
「春」

S56

ローマ

トレヴィ
の泉

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イタリア紀行(その1)

先週、某旅行社のツアーでイタリアの旅を楽しんだ。
ツアーの総勢は約40人で、いつもの通り約7割が女性であった。夫婦、女性同士、家族連れ、と様々であった。特記すべきこととしては、世界サミットの時期と重なったことで、ローマにおいて、アメリカのオバマ大統領のヴァチカン訪問に遭遇し、スケジュールが若干変更になった。

最近、イタリアに於ける日本人観光客は減少気味だという。
他の国からの観光客は増加し、全体としては増えているというのにである。この理由として、ある新聞紙上には、イタリアにおけるホテルや店のサービスの低下、不当な料金の請求などが挙げられていた。

日本人観光客が減少している原因としては、ひとつには女性が多いこともあると思う。西欧人の場合は、旅行は夫婦か家族連れといったケースが多いが、日本人の場合は、夫婦連れも少なく、女性同士での旅行というケースが多い。

旅行の目的は各人様々だが、現地の文化や芸術、自然などの他に、料理やショッピングを楽しむことも大きな目的であるが、後者は圧倒的に女性の方々が重視する傾向にある。私などは、ホテルが少々粗末であったりしても我慢できるし、買物なども余り興味がないが、女性の方々はそうはいかない。ホテルや店のサービスの低下には敏感である。
イタリア政府も今後、サービスの向上に努め、日本人観光客の回復を図るそうだ。

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さて、今回はドバイ経由でミラノ入りし、ミラノ、ヴェネツィア、フィレンツェ、ピサ、オルビエート、ローマ、ナポリ、ポンペイ、カプリ島と旅行した。以下は、自分が作成した「No.9 旅行の思い出」からの抜粋(主として印象に残った点)である。

ドバイ空港の免税店は、約1kmの長さに亘り、きらびやかな店が立ち並び、石油資本で潤っている国の繁栄を感じるが、反面空しさを覚える。

<ミラノ>
イタリア経済とファッションの中心地である。

訪れた所:スフォルツェスコ城、スカラ座、十字型の商店街、ドゥオモ(大聖堂)

スカラ座は教会の建物の上に1778年、オペラ座を建て増した建物で世界の舞台となっている。十字型の商店街はイタリア統一を記念して1867年に建てられたアーケード街で、イタリア初代国王の名前が付してある。十字路の中央にあるドームの天井のガラスを通して入る自然光が、フレスコ画やモザイク画を優美に浮き立たせて美しかった。フレスコ画には、4人の女神が描かれている。それぞれアジア、アフリカ、南アメリカ、ヨーロッパ、と当時の世界を構成する4大陸をイメージした寓意画となったいる。また、世界のファションをリードするファッションに溢れた街であった。ドゥオモは500年近い歳月をかけて建てられたゴシック建築でミラノのシンボル。天に伸びる135本の小さな尖塔がある。

<ヴェネツィア>
12世紀以降、大航海時代、東西貿易の中継地として莫大な富を築く。マルコポーロが生まれたところである。またシェイクスピアのヴェニスの商人で知られている。

訪れた所:サン・マルコ寺院、ヴェネツィアガラス工房、ドウカーレ宮殿

4人乗りのゴンドラ船で迷路の様に入り込んだ運河を巡る遊覧を楽しんだ後、サン・マルコ寺院へ。サン・マルコ寺院は、828年、アレキサンドリアから運ばれた聖マルコの遺骸を安置する場所として礼拝堂を建てたのが起源。18金尽くめの装飾で覆われていて絢爛たる姿を呈している。ヴェネツィアガラス工房を見学。ここで金彩入り赤、青ペアのグラスを購入。

続く

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Simg_3511

<ミラノ>

十字型商店街

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<ヴェネツィア>

サン・マルコ寺院

S33

<ヴェネツィア>

ゴンドラ遊覧

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2009年7月24日 (金)

蝉の勢力図に変化?

昨年の夏頃から感じ始めたことだが、蝉の世界に異変が起きている様だ。

現在、大阪の箕面市に住んでいるが、最近、朝起きると、クマゼミのけたたましい鳴き声で目が覚める。庭の木には白い透明な羽をもったクマゼミが何匹も連なるようにとまって鳴いている。私の子供時代には、当時、堺市に住んでいたが、クマゼミは少なく、クマゼミを見つけると嬉しくなって捕まえようとしたものだ。クマゼミは希少で価値のあるものであった。

W_niiniizemi4071 子供時代の蝉といえば、ニイニイゼミが多く、次に、茶色の羽のアブラゼミが多く、クマゼミが希少であった。また、ツクツクボウシは夏の終わりに見られた。

先週、あるテレビ番組で、屋久島の杉の年輪を調べて、太陽活動を研究している方がおられたが、その人によると700年頃?活発であった太陽活動は、その後衰えたが、近年、再び活発になって来ているという。しかし700年頃の気温は今ほど高くなかったらしい。これはやはり地球の温暖化を裏付けるものだ。

蝉も気温の変化の影響を受けているのだろうか?蝉の種類は気温によって変化しているのであろう。クマゼミの勢力拡大?に反比例してアブラゼミやニイニイゼミが非常に少なくなった。アブラゼミやニイニイゼミの減少には淋しさを感じる。以前、これらの蝉の鳴き声を聴きながら、静かに?物思いに耽ったり、昼寝を楽しんだものだ。

芭蕉が詠んだ句に、

「閑(しず)かさや岩にしみいる蝉の声」 というのがある。

この句は紀行「奥の細道」の中にあり、芭蕉が山形藩の立石寺(山形市山寺)という
静かな山寺で詠んだものである。

夕暮れの静寂の中で、蝉の声だけが、岩にしみとおるように聞こえてくる、という
意味である。そして、この蝉の種類はニイニイゼミであろう、といわれている。

成る程、そうであろう。クマゼミのようなけたたましい鳴き声はこの句の場面に合わない。小さな鳴き声で鳴くニイニイゼミがぴったりである。夏のひと時、静かに物思いに耽ったり、静かに惰眠をむさぼるためにも、ニイニイゼミやアブラゼミが再び増えて欲しいものだ。

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2009年7月23日 (木)

全英オープンゴルフ選手権を見て

先週、第138回全英オープンゴルフ選手権のテレビでの実況放送に深夜釘付けになった。期待されていた石川遼やタイガー・ウッズが予選で敗退したが、久保谷やトム・ワトソンの活躍を見ていて大変感動した。

久保谷は一時、トップ争いを演じるほどであったが27位に終わった、しかし風を意識した弾道の低い正確なショットは素晴らしいものがあった。石川遼は距離のあるホールでは、他の選手がアイアンや3番ウッドなどを使っているのに、あくまでもドライバーに徹し、若さ溢れるプレーを見せてくれた。、優勝は、59歳の米国、トム・ワトソンと同じ米国、36歳のスチュアート・シンクの間でのプレーオフとなったが、最後は若いスチュアート・シンクが優勝を勝ち取った。

全英オープンが行われるゴルフ場は、まさに野原といった感じもするところである。フェアウェイは、ティーショットの地点からかなり離れた所から始まるし、それに非常に狭い。しかもラフに入るとゴルフ球が見えないほど背の高い雑草が生えているので、殆ど1回での脱出は不可能となり、少なくとも1打をロスする。バンカーも至るところにあり、殆どが絶壁のような壁を設けてある。その上、海岸ぎわなので風が強く、更に夏なのに気温が低い。まさに自然との闘いだ。人間を楽しませてくれるためにやさしく造った日本のゴルフ場に比べると、まさに自然が立ちはだかったゴルフ場だ。このようなゴルフ場でこそ、ゴルフでいうコースマネジマントが要求されるのであろう、と思ってテレビを観ていた。

さて、トム・ワトソンの若い時のプレーはよく見た。数々のタイトルを手にした彼の顔には、その後30年余りを経た今、年輪を感じさせる皺が目についたが、正確なショットは往年のプレーを思い出させるものがあった。また、紳士的なプレー、観客へのサービスを忘れない態度には感心させられた。

ところで、ゴルフというものは、中高年にも適したスポーツであるが、それはあくまでも楽しむためのゴルフである。これが仕事のためのゴルフとなれば話は別だ。4日間の長いプレーに打ち勝つ体力が要求されるので、技術、精神力に加えて体力がものをいう。若し、試合が1日間や2日間であったならば、50歳前後の者でも間違いなく優勝を狙えるだろう。

今回のトム・ワトソンもプレーオフを闘うだけの体力がなく、力尽き、優勝を逃した。そして全英オープンの最高年齢での優勝記録樹立も逃したが、私も含め、多くのゴルフファンに感動を与えてくれた。

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2009年7月 6日 (月)

尾道・・・坂のある風景/林芙美子

6月某日、広島県・熊野町にある白鳳堂を訪問した後、尾道を訪れた。
尾道と言えば坂のある風景と作家林芙美子が思い浮かび、それらの雰囲気に触れることが訪問の目的であった。

宿のある千光寺山荘付近の散歩を楽しむ。尾道は瀬戸内海に面しているが、対岸には向島という島があり、その間は大変狭く、尾道水道というまるで川のような海が横たわっている。このような地形の故、海運が盛んで、江戸時代、北前船の停泊地となり、海産物の集散地として繁栄したらしい。多くの回船問屋があり栄えたそうだ。

ロープウエイで展望台に上り、千光寺山頂からつづく文学のこみちを下る。
志賀直哉の「暗夜行路」、林芙美子の「放浪記」など、尾道にゆかりのある作家や作品は非常に多く、彼等の文学碑が刻まれた25の自然石があった。第9番目に志賀直哉、10番目に林芙美子の文学碑があった(写真2)。

文学碑の文字を追いながら小説が書かれた時代背景に思いを馳せる。

林 芙美子 

海が見えた。海が見える。
五年ぶりに見る尾道の海はなつかしい、
汽車が尾道の海へさしかかると、
煤けた小さい町の屋根が提火のように、
拡がって来る。
赤い千光寺の塔が見える。
山は爽やかな若葉だ、緑色の海向こうに
ドックの赤い船が、帆柱を空に突きさしている。
私は涙があふれていた。

林芙美子は「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」の名句で知られる。行商を営んでいた母と共に各地を転々としたが、最終的に港町・尾道に落ちついたそうだ。高校在学中は学費を得るため夜は帆布工場で働いていたという。そしてその後、放浪の日々を綴った私小説「放浪記」を出し、新進作家として大成した。この碑の筆者小林正雄氏は小学校当時の恩師である。

街の方へ下って行く途中で、尾道の坂道散歩を楽しんでだ(写真3)。海の対岸に見えるのは向島である。

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(写真1)

林芙美子像

JR山陽本線
尾道駅の東

商店街の入り口
にある

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(写真2)

文学のこみち
にある
林芙美子の
文学碑

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(写真3)

坂道のある
風景

対岸は、しまなみ
街道のひとつ
向島

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どこかがおかしい?国の政策

最近の国の政策はどこかがおかしい?
身近な例で言えば、定額給付金もそうだが、最近の休日の高速料金の一律1000円制度、エコポイント、などがある。

選挙目当てに国民の目を、失政からそらそうとする意図しか感じられない。やることだけはちゃんとやり、このような政策を出してくるならばわからないこともないし、何とか許せるが。

まず大切なのは、日本の将来について語る必要があるということだ。現在の政権党は、教育問題、健康・福祉、中小企業対策、等など解決すべき逼迫した問題があるのに、これに対して、適切な政策を打ち出していない。教育問題や健康・福祉などに対しては、それどころか昔の方が良かったように思われる。学力の低下、いじめ問題、最低限の人間的な生活保障の欠如など、以前にはこのような問題は発生していなかった。まさしく政策の内容が悪化して来たのである。現場を知らない官僚及び、彼らに政策立案を丸投げしている政治家はこれの共犯者だ。

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今日、新聞を見ると次のような「声」が掲載されていた。

自家用車の車検を受けた。これまでも環境にやさしいとの誘いもあり、オイル交換の時にはエコオイルにし、タイヤの交換時はエコタイヤにしてきた。今回は、とうとうエコ車に乗り換えるよう勧められた。営業マンは、登録から13年以上の車を低燃費の新車に買い換えると25万円の補助がある、と売り込みに躍起だ。
エコは確かに大切だが、その精神は「モノを大切に使う」ことだろう。エコを餌にこれまで通りの大量生産、大量消費による景気回復をもくろむやり方にうんざりする。営業マンの誘いに乗らなかった。
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また、私は思うのであるが、大型の冷蔵庫にはエコポイントが高く、小型には低い、というのもおかしなものだ。大型のものを買えない者は、この恩恵に預かることができない、ということか、また資源の節約とは矛盾する。

環境問題は大切である。しかし新車に切り替えることにより、地球資源は明らかに浪費される。環境問題はもっと総合的に考えなければならないのだが・・・・
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要は、長期的な展望をせず、思いつきや行き当たりばったりの政策で国政を行うことが大変問題なのだ。もっと国のことを真剣に考えている者に政治を委ねるべきなのである。

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2009年7月 4日 (土)

政治は若い世代に委ねるべき・・・政治の一新を

日本の将来に明るさが見えない。政治は混迷を極めている。
政治を職業とする人は、自己を犠牲にしてでも国民に尽くす人でなければならないのだが・・・

ところが多くの既存の政治家は、自分の利益や政党の利益のために行動し、国民のためを思って行動している人は少ないようだ。この国の閉塞感を打ち破るには国会議員を一新する必要がある。

若い方々は政治に無関心だと言われているが、それは自分が一人投票に行っても政治は変わらないと思うからだ。しかし、一人ひとりが投票権を行使し、上記のような国民のことを考えていない政治家を排除すれば確実に政治は良い方向に変わる。

そして、投票に当たっては、日本の将来に対して真剣に考え、ビジョンを持っている人に投票すべきである。財政・行政改革、健康・医療、教育、中小企業対策、等などに対してビジョンを持って進まなければいずれ日本は滅びてしまう。既存の堕落した政治家に期待することはやめよう。我々国民の側としても、身近なことについてはより関心を示すが、将来のことについてはそれ程関心を持たないということも問題なのである。もっと将来のことを考え、何事もそうであるが、短期的でなく、長期的な視点で考えて、投票しなければならない。

そのためには本当に将来の日本について憂える人を選ぶべきである。たとえば、何ら将来ビジョンを示さず、ただ選挙向けのバラマキ政治を行う政党、選挙のために有名な知事を取り込んで、自ら行って来た政治の不備から姑息的に国民の目をそらそうというような政党を選ぶべきではないのだ。

先日、土曜日の朝の番組で、自民党のM元官房長官が出てきて、今日は鳩山氏の献金問題の議論に参加することを楽しみにして来たのだが、あまりそのような議論にならないので残念だと言っていたことには、空いた口がふさがらなかった。多党を批判することにより、自党の問題から矛先をかわし、国政を語ろうとしないこの態度には怒りを感じた。

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また、政治においては若いリーダーが必要だ。40歳~50歳半ばの元気な人が良いように思う。人間どうしても歳をとると保守的になる傾向がある。欧米を始めとする世界の政治家を見ればわかる。皆若い。長老が政治を牛耳っているのは先進国では日本ぐらいしかない。

政治は若い人に委ねる必要がある。そのために、若い人は投票権を行使しよう!

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2009年7月 1日 (水)

奈良 明日香村 散歩

JRの駅で“奈良で歩こう”というパンフレットを見つけた。中を見ると「万葉講座・・万葉線に乗って・・・」という無料の講座が奈良県立万葉文化館であるという。
近くに住んでいながら飛鳥とか明日香と言われるところへ行ったことがなかったので、これを機会に行って見ようという気持ちになり、往復はがきで申し込んでいたところ幸いに当たったので、6月某日明日香村へ向った。そして講座の前後にタクシーも利用しながら明日香村散歩を楽しんだ。

見て回ったのは、高松塚古墳、欽明天皇陵、吉備姫王墓、亀石、天武・持統天皇陵、橘寺、川原寺跡、石舞台古墳、伝飛鳥板蓋宮跡、飛鳥寺である。

・高松塚古墳は現在復元作業中であった(写真1)。隣接している高松塚壁画館で壁画の模写、出土品のレプリカなどの展示を見る。

・天武・持統天皇陵は両天皇夫妻の合同墳。天武天皇は土葬で、棺は朱塗り、持統天皇は火葬で、骨壷は銀製という豪華さだったとされる(写真2)。

・橘寺は聖徳太子生誕の地と言われており、太子創建七寺のひとつである。境内には善悪2つの顔を持つ二面石があった(写真3)。

・石舞台古墳は蘇我馬子の墓だと言われている。この時代にこのような巨石を積み上げた古墳が築かれたことは驚きだ。石室の中に入ると一層その大きさに圧倒される(写真4)。

伝飛鳥板蓋宮跡は有名な大化改新の舞台であったという説が有力である。それまでの宮が茅葺であったのに対し、板葺きであったことからこの名がついているという(写真5)。

・飛鳥寺は蘇我馬子が建立した我が国初の大寺院である。

散歩後、万葉文化館で万葉講座を聴く。6名のこの道の専門家による講座で、物部氏に係わる話、歌によまれた飛鳥・藤原の話、香具山の話、など、約400名の参加者が熱心に耳を傾けていた。万葉集など殆ど知らないし、古文などの知識に乏しい私であるが、むつかしいながらも、素人向けにわかりやすく話してくれる話に惹き入れられた。

講師の一人、井上さやか氏(万葉古代学研究所主任研究員)が説明してくれた次の歌は、今でもありそうなやりとりであり、ユーモアたっぷりで人間性を感じさせる歌であると思った。当時の、そのような出来事があったであろう光景に思いを馳せた。
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天武天皇が妻の一人である藤原夫人(ふじわらのぶにん)とからかいの歌を
交わしたもの。

「我が里に 大雪降れり 大原の古りしに里に 降らまくは後」
(我が里には雪が降ったよ。あなたのいる大原の古ぼけた里には
                            後で降るだろうけれど)

「我が岡の おかみに言ひて 降らしめし 雪のくだけし そこに散りけむ」
(何をおっしゃるの!私のいる大原の岡の竜神に頼んで降らせた雪のあまりが、
                     そっちに降ったのじゃないかしら?)
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また、明日香宮から藤原宮に都が移った後に、志貴皇子が作った悲しみを
誘う歌があり、しみじみとさせられた。

「采女の 袖吹き返す 明日香風 京を遠み いたずらに吹く」
(采女たちの袖を吹き返していた明日香風・・・・。
                  都が遠くなった今は、むなしく吹いている)

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写真1:

復元中の
高松塚古墳

Simg_3433

写真2:

天武・持統天皇陵

Simg_3437

写真3:

橘寺
(聖徳太子
 生誕の地)

Simg_1243

写真4:

石舞台古墳
(蘇我馬子の墓
 だと言われている)

Simg_1251

写真5:

伝飛鳥板蓋宮跡
(大化改新の舞台
 であった)

Simg_1255 

写真6:

奈良県立
万葉文化館
での
万葉講座

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