イタリア紀行(その2)
<フィレンツェ>
紀元前59年にカエサルが退役兵士に土地を与え、城壁をめぐらせた町を造ったことが起源。その名前の由来は「花の女神フローラの町」という意味でのフロレンティア。15世紀に織物と銀行で財を築いた豪商メディチ家がルネッサンス文化の扉を開く。
訪れた所:ミケランジェロ広場、シニョーリア広場、ウフィッツイ美術館、サン・ジョバンニ洗礼堂、ヴェッキオ橋、ドゥオモ
ミケランジェロ広場はアルノ川の対岸で、フィレンツェ市内を見下ろす小高い丘の上にあり、そこからの眺望は素晴らしい。広場の中心にミケランジェロのダビデ像(複製)が立っている。シニョーリア広場は噴水やダビデ像などの彫刻群があり芸術性満点だ。ウフィッツイ美術館はメディチ家が収集した多くの絵画等を所蔵する。ボッティッチェッリの「ヴィーナスの誕生」「春」などを見学。サン・ジョバンニ洗礼堂はロマネスク式の八角堂で、ミケランジェロが「天国の門」と命名した旧約聖書の物語が刻まれた門を持つ。ドゥオモは、メケランジェロが1471年に完成させたクーポラを持つ世界で3番目に大きい聖堂である。
<ピサ>
ピサは、11世紀から13世紀にかけて東方と交易する港町として発展。11世紀にピサの艦隊がイスラム教徒を破り、戦利品でドゥオモを建設。1173年から鐘楼(ピサの斜塔)の建設に着手、途中、地盤低下で傾くがそのまま続けて1350年に完成した。ガリレオ・ガリレオの落体実験で有名である。観光客が、斜塔を背景に、それを支えるようなポーズで写真を撮る光景が印象的であった。
<ローマ>
紀元前753年、ギリシャ神話の英雄の子孫・ロムルスにより建国され、都市国家から王政を経てローマ帝国の首都となった。ローマ帝国滅亡後は、大小の国に分裂し、15世紀からはローマ法皇領の首都としてルネサンス文化の中心地となる。
訪れた所:コロッセオ、フォロ・ロマーノ、ヴァチカン市国、トレヴィの泉、スペイン広場
コロッセオは4階建ての巨大な円形競技場で、現代の15階建てビルに相当するという。近くには新旧二つの凱旋門があった。フォロ・ロマーノは古代ローマ帝国の宗教・政治・司法・文化の中心地。ヴァチカン市国はローマ法皇と聖職者や閲兵だど人工1000人という世界最小の独立国、約10億人の信者を持つカトリックの総本山である。訪れた時は丁度、世界ミットが開催されており、アメリカのオバマ大統領がヴァチカンを表敬訪問中であったので、厳しい警戒体制が敷かれていた。サン・ピエトロ広場とその中に立つサン・ピエトロ寺院の景観は壮大であった。
トレヴィの泉は「泉に背を向けてコインを投げるとローマ再訪が叶う」という有名な言い伝えがある泉で、多くの観光客で溢れていた。スペイン広場は映画「ローマの休日」で一躍有名になった広場で、ここで毎年、ファッション・ブランドがショーを開催しているという。
by 八木: http://homepage3.nifty.com/yagikeieioffice/
<フィレンツェ>
ミケランジェロ広場
よりのフィレンツェ
の眺め
<ピサ>
ピサの斜塔を
背景にした
写真撮影
若い女性が
斜塔を支える
ポーズを
とっている
<ローマ>
コロッセオ
前での一行
の記念撮影
<ヴァチカン
市国>
オバマ大統領
訪問で警護する
警官
オバマ大統領
のヴァチカン
訪問を伝える
現地の新聞
ウフィッツイ
美術館
ボッティッ
チェッリ
「春」
ローマ
トレヴィ
の泉
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