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2009年12月

2009年12月23日 (水)

ドバイのその後

今年の7月、ミラノへ向う途中、トランジットでドバイ空港に降り立った時、その豪華さに驚いた。関西空港は言うまでもなく、他国の空港とは桁外れの豪華さ。24時間眠ることなく営業を続ける1KMも延々と続く免税店の群れ。それらは貴金属店やブランド品で溢れていた。幾ら石油で潤っているにしても明らかにこの国は“人の道”を外れたことをしていると感じた。

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ドバイはこの時は昨年末に起ったリーマンショックの影響を少なからず受けていたが、決定的な打撃を受けていなかったようだ。それでも世界最高の地上800Mの高層ビルの建設工事や、巨大なヤシの木の形をした人工島の建設工事が中断していたようであり、「AERA」の記事は、工事現場には資材や建機が置き去りになっている、と報じている。

世界の大金持ちが贅沢な暮らしを享受するのに供されるこれらの箱物構築物は、ドバイ政府に支援された不動産ディベロッパーによって開発が進められてきた。そしてこれらに対して欧州や日本の銀行が巨額の融資を行っている。

ドバイ政府は11月25日、これらの不動産ディベロッパーの債務返済猶予を一方的に宣言し、債権者である金融機関に通告した。これにより世界経済は大混乱に陥り、巨額の不良債権の発生を予感し、欧州銀行株は売られ、それが世界の株式市場や為替相場に「ドバイショック」として伝わった。これらの不動産ディベロッパーに高額な報酬で雇われていたオーストラリア人などの経営層は借金を踏み倒して帰国。ベンツなど、彼等の高級車が空港近くに乗り捨てられていたと言われている。

今後、ドバイはどのようになるのだろう。石油がなくなれば、いずれこれらの箱物は砂上の楼閣として消え去ることが明らかなのに、なぜもっと地道に人を育成したり、ものづくりなどの着実な道を採用しないのだろうか、と思うこの頃である。

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2009年12月22日 (火)

鮮魚の達人

マグロの減少など、漁業資源の枯渇化が将来的に危惧されている今日、マグロや鯛など、高級魚と言われる魚の蔭で、陸揚げされても売れない、ひどい場合は捨て去られたりする“かわいそうな魚”が沢山存在する。

TV番組「ソロモン流」で紹介されたのは、そのような“かわいそうな魚”の価値を原点に戻って考え直す活動をされている人である。山根博信さん。和歌山県の中卸業「山根商店」の4代目である。現在、市場の中卸ばかりでなく、2005年には同氏が立ち上げた「鮮魚の達人協会」の活動に忙しい。「鮮魚の達人」とは、この協会が認定した魚のエキスパートを意味する。このような鮮魚の達人のネットワークがあり、全国のおいしい魚を届けて頂ける。
そのホームページはここをクリックLogo

         

例えば、ズワイガニ(松葉ガニ)に比べて、境港で水 揚げされる紅ズワイガニは、深いところで棲息しているがゆえに、松葉ガニに比べ、水っぽい、中身が少ない、泥っぽい、などの理由で価格は安く、しかも余り流通しないという。そこで水揚げ後の扱い方を工夫して味が落ちないようにした。

またボラはカラスミとして食べられる以外は、その臭いのため、食卓には供されないが、料理方法を工夫して(白身のフライにするなど)臭みがないようにする、などの工夫した。

このように魚の選択肢を広げることは漁業資源の未来に対して明るい光を投げかけるとともに、業業者にとっても朗報であるように思われる。

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2009年12月21日 (月)

奈良県・株式会社カキモト・・・巧みの技とレーザー加工を駆使した金属工芸品・・・

先月11月5日・6日の両日、マイドーム大阪で開催された「第31回事業化交流マッチング総合展2009」に、ジョイント・コーディネーターとして参加していた時、ひときわ注目を浴びているブースがあった。ブースには洒落た風情のある、癒しを感じる行灯やふりこ式の虎などの金属工芸品が並べられており、接客対応している方の様子も陽気で明るく、なんとなく明るく元気な社風を感じた。これらの工芸品は金属加工の熟練職人が高度の技と最新のレーザー加工技術を駆使してつくりあげたものだという。

この会社の名は、㈱カキモト。明治40年、農耕器具を製造する鍛冶屋として創業し、平成元年に法人化。主として板金加工、レーザー加工、研磨加工を主業務とし、鉄・ステンレス・アクリル・アルミ等の部材を使用した、産業機械部品、自動車部品、建築金物、製作金物などを製造している元気で頑張っておられる企業である。

このような企業であるので、同社のことを更に知りたくて、先日、取材のための訪問をお願いしたところ、快く承諾頂き、訪問させて頂いた。同社は奈良県生駒郡三郷町にある。JRで天王寺駅から王寺駅の一つ手前の駅・三郷町で降り、龍田大社を目指して歩くと大社の境内の直ぐ近くの静かな佇まいの中に同社があった。龍田大社は日本書紀にも記載があり、風の神として古くから信仰を集めている大社だ。

社長の垣本昌孝さんと管理部長で息子さんの垣本雅之さんにお話を伺う。同社も多くの中小企業と同様に、経済情勢の変化に伴う幾多の不況期を乗り超えて来たが、一貫してキャッシュフローを重視した経営を続けて来たという。好況時には着実に内部留保を確保し、不況時に備える。そして不況時こそ、何かを仕掛けるチャンスだと思い、幾多の不況を克服して来たという。昨年のリーマンショックに始まる今回の不況においても、兵糧米(内部留保)がある程度あったので、人員削減などを一切せず、皆でこの不況を知恵を出して乗り切ろうと皆の気持ちを一つにすることを心がけたという。

今年の始めには、本業の注文が激減。仕事で暇になる状態の中、何か新事業を興そうと思い立ったのが、インテリア金属工芸品である。そして営業、技術を含め、社員全員でアイデアを出し始めたという。因みに社員の内、女性の占める割合は、ほぼ半数だ。女性の感性もこれらの工芸品の出来映えに大きく反映されている様に感じた。

そうすると次から次へとアイデアが出始めたという。そして現在製品化されている“ふりとらくん”(ふりこ式の虎)や風情溢れた行灯などの工芸品の製作が始まった。“ふりとらくん”は近くの信貴山に縁のあるもので来年の干支にあたることもあり採用。行灯については、皆の総意で決定し、奈良にある企業としての特徴を出そうということで大和の名所や古社寺などの情景を図柄として採り入れた。アイデアさえ出れば、あとはアイデアを形にする金属加工の技とレーザー加工によるものづくりは同社のお手のものであった。

垣本さんは、次の様に言われる。--このように皆でアイデアを出し合って工夫するというようなことは今までなかった。しかも、デザインを専門家に考えてもらうこともなく、自然に皆の潜在能力が発揮されて、自分達だけで立派な作品をできたということの意味は大きい--

販路の開拓は、信貴山にある旅館に、土産品として、“ふりとらくん”を置かしてもらったことなどで、地元の情報誌「nara' nto」や「パープル」などの目に触れ、記事として採りあげられたこともあり、同社の工芸品の評判は広がった。近く姫路の山陽百貨店で特別出店の予定もある。

最後に、同社の地域社会への係わり合いについて記しておきたい。同社では近隣の龍田大社で催される秋季大祭で使用する山車の台車の製作や修理をおこなったり、地元の小学校からの工場見学受入などを実施し、地域への貢献にも注力している。

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情報誌
”nara' nto"
で紹介された
記事

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行灯などの
金属工芸品群

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ふりとらくん

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製作現場

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2009年12月12日 (土)

早すぎる赤星選手の引退を惜しむ

阪神タイガース・赤星選手の突然の引退を知って驚いた。まだ33歳、早すぎる引退である。中心性脊髄損傷と診断され、今度やったら命にかかわる、と医者に言われての決断だったという。

彼が阪神に入団した時は、俊足でこそあれ、非力な打撃からレギュラー取りが危ぶまれたが、当時の野村監督にその俊足という一芸を認められ、レギュラーに定着。打撃の方も人一倍の努力で腕力などを強化し、そこそこの打率を残せるようになり、阪神には欠かせない選手となった。当時、藤本選手、沖原選手らと共にF1トリオと言われて活躍していた頃が懐かしい。 
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彼は何回かの盗塁王をとったが、盗塁数に応じて車椅子を寄付する社会貢献活動を続けていたという。華やかに見えるスター選手である一方で、このような活動を続けていたことに対して感動を覚える。

今後、彼ならば、野球の指導者としての道もあるだろうし、あるいは他の道を選ぶかもしれない。彼がいなくなって淋しいが、後の人生を有意義に切り拓いていって欲しいものだ。

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2009年12月 6日 (日)

“ぐるなび”における事業躍進の背景

飲食店の情報検索サイト“ぐるなび”は、現在、加盟店数6万店を超え新年会や忘年会などの会場探しに便利で重宝がられている。私も先月、同窓会の幹事として、場所を探すのに利用させてもらった。地域、料理の好み、人数やカラオケを必要とするかに至るまで、入力すると何の苦労もなく希望の店を選んでくれる。

ぐるなびに加盟すると飲食店は自店のホームページを与えられ、ホームページ作成のためのコンテンツ作成指導も受けられ、自社の好みに合わせたホームページを作成できる。独力でホームページを持ちことがむつかしい飲食店にとっては大変ありがたい話だ。

これが大きな販売促進ツールとなるとともに、ネットを通じて、全国に自店が周知されることの効果は大きい。また、飲食店は立地条件に大きく商売が左右される業種であるが、ネットを通じた販促効果で、裏通りとか、メイン通りから外れたところでも、それほどハンディキャップを感じなく営業ができるというのも良い。しかもそのような場所では家賃も安いし、一挙両得だ。

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”ぐるなび”の事業は成功したが、ここに至るまでの過程は大変であったという。1996年、駅などに見られる看板広告の会社としてスタートしたが、経営状態は困難を極めた。しかし、広告業も将来はITとネットワークによって大きく変化する時代が来るだろうと読んだ同社の滝会長はそれに備えて、様々の面での調査・情報収集に努めたという。そして、インターネットの登場と、的を飲食店に絞ることにより、一挙に事業は花開いたという。

同社の成功事例から学ぶことは、日頃の絶え間ない情報収集とアイデア発想の大切さ、そして事業化のためのマーケティング志向の大切さである。滝会長は、「インターネットの出現はまさに幸運そのものであった。しかし、それまでの地道な勉強を続けていなければこのような幸運を手にすることができなかった」と言われているが、まさにその通りだと思う。

飲食店を選んだというのも、地道な調査により、飲食業界におけるロングテール現象を上手く捉え、的を絞ったということである。

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2009年12月 5日 (土)

我が国における高い不確実性回避文化

先日、NPO法人プラスチック人材アタッセ主催で経営セミナーが開催され、講師の一人として講演した。タイトルは「QC的モノの見方・考え方(現状と将来)」。この中で我が国の品質管理が直面する問題について、次のようなことに言及させて頂いた。

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オランダのG.ホフステードは、その著「多文化世界」の中で、国の文化と経営について次の様に述べている。

①いくらグローバル化が進展し、インターネット等の新技術が出現しても、国の文化はなかなか収斂するものでない。②企業経営に関する多くの理論や手法は、それが考案された国の文化のもとで有効であっても、異なる文化特性を持つ国では、有効であり得ないことが多い。③従って、優良企業への道は、決して一つでない。

上記は含蓄のある言葉であり、欧米からの様々な経営手法が我が国に導入されたが、我が国に根付いて定着したものは、それらの中の極めて僅かなものであったことからも、なるほどと頷ける。

そして、ホフステードは次のような文化の4次元を提唱している。
①権力格差:部下の上司への依存の度合い、②個人主義対集団主義:個人主義の集団主義に対する相対的強さ、 ③男らしさ対女らしさ:男女の役割が明確かあるいは重なり合っているか、④不確実性回避:曖昧さに対してどれだけか寛容か、逆に脅威、不安を感じる程度、

我が国は、世界の国々との比較において、権力格差、個人主義は中位で、男らしさ、不確実性回避は強い。特に不確実性回避の文化は首位を占めている。圓川隆夫氏はその著「我が国文化と品質」の中で、この高不確実性文化が日本の産業に大きな影響を与えていると指摘している。

この高不確実性回避を特徴づけるものの1つとして、精密さと規則正しさが自然に身に
つくという特徴が挙げられる。精密さや規則正しさを阻害する“あいまいさ”を嫌う文化である。これが我が国の高品質や高信頼性及び納期厳守などの組織的改善努力が生み出された源泉である。

一方で、ホフステードは、この特徴をもつものは、あいまいさに寛容であることが要求される経営戦略上の問題解決が不得意であると指摘している。また、この特徴をもつ国の消費者は、総じてCS値(顧客満足度)が低いと指摘している。

従ってこの高不確実性回避文化には良い面と好ましくない面がある。良い面は、細やかな改善を継続的にやってきた結果として、不良ゼロや納期短縮などを達成してきたということである。好ましくない面は、食に代表されるように、我が国だけだと思われる過剰ともいえる安全・安心への対応である。これにより高品質・高信頼性の副作用ともいえる現象や高コスト体制を招いて来たといえる。

また携帯電話がその典型であるが、要求が厳しい我が国消費者が支えた高品質・高機能を日本の中だけで進化させ、競争を激化させている一方で、世界では“そこそこ”の機能で低価格がスタンダード化し、我が国企業は世界の競争から取り残されてしまったということである。また、我が国は総じて急激な経営環境の変化に対するマネジメント力が弱いということである。

上記の好ましくない面を是正するためには、
費用対効果を追求した実質安全という考え方で、国、メーカー、消費者のコンセンサスに基づくモノづくりを検討する、携帯電話に代表されるような高品質・高機能の行き過ぎに対しては、今後広く世界的な製品に変えていくために、グローバルな市場性を把握したマーケティング戦略を検討する、また、強い現場だけに依存するだけでなく、企業全般を見据えての戦略的な思考を行うようにする、等が必要となる。

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平山郁夫さんを悼む

画家・平山郁夫さんの美術館が“しまなみ街道”にある生口島・瀬戸田町にあるという話を聞いたのは、今年の6月末、尾道での仕事を終え、どこか近くに良いところがないかと、行き先を探していたところであった。

平山さんの絵には詩情が溢れている。それも東洋の悠久の歴史を感じさせるものが漂っており、見るたびに心が癒される思いにさせてくれる。是非、そこへ行きたいと思った。

平山さんは、その瀬戸田町で生まれ、瀬戸内の青い海や緑の木々でおおわれた島々からなる美しい自然の中で育ったという。平山さんは「自分の感性は、明るく温暖な瀬戸内の風土によって育まれた」と自ら語っておられる。

早速、行くことを決め、尾道から小船でたどり着いたのは、静かな佇まいが残っている瀬戸田の村であった。美術館には絵画とともに、平山さんの生い立ちや、少年時代の絵画などが紹介されていた。更にスケッチや下絵なども展示されていて興味深く鑑賞した。東京美術学校日本画科では、奥さんと同期で、奥さんが首席、平山さんが2番で卒業されたという話も始めて知った。奥さんは結婚後、平山さんの補助に徹し、その後は一切絵筆を握っていない。その奥さんの描いた絵画も少し展示されていた。

平山さんの画家としての原点には、15歳の時の被爆体験があるという。原爆後遺症に苦しみ、少しでも救いと平和を願う作品を描きたいとの想いから、唐の長安を旅立ち、17年間の苦労の末インドの経典をもたらした玄奘三蔵の喜びを描いた「仏教伝来」を昭和34年に発表し、これが大いに評価されたという。これを契機として勇気づけられ健康も回復、その後次々と仏教や仏伝をテーマとする作品を発表された。

日本文化に大きな影響を与えた仏教文化の源流を求めるうち、東西文化の交流へと視点も広がり、シルクロードへの取材も始められてという。

絵画活動と並行して文化財の保護活動にも注力。北朝鮮の高句麗壁画古墳の世界遺産登録への推進、アフガニスタンのバーミアン遺跡の復興など、多くの活動に参加された。

平成12年、奈良薬師寺玄奘三蔵院に収められた大壁画「大唐西域壁画」は平山さんの画家活動の集大成と言われるもののひとつといえるであろう。

平山さんはお亡くなりになられたが、後を引き継ぎ、芸術家の枠を超え、世界的に活動できるスケールの大きい若い画家が現れることを期待したい。

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平山郁夫美術館
の入り口付近
(「仏教伝来」
 の絵が掲げ
 られている)

写真撮影は
これ以降禁止

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「仏教伝来」
(作品集より)

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「楼蘭の月」
(作品集より)

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最近の民主党政権について想う

民主党政権が発足してから2ヶ月ばかり経ったが、今、幾つかの難題を前にして世間では賛否両論が入り乱れている。民主党政権を厳しく批判する向きもあるが、まだ政権獲得後、間もない時期であり、前政権が残した負の遺産の整理をすることが最初の仕事であり、この政権なりの、我が国を導いて行こうとするビジョンを明確にする作業は、これが済んだ後でなされるであろうことを期待したいと思う。

来年度予算の編成に当たって、前政権が惰性的に、ビジョンもなく族議員との癒着の上で行って来た行政のムダを省くための事業仕分けは、政治の闇の中で行われてきた予算を巡っての攻防を国民の前で公正にやるということに大変意義深いものであった。

勿論短時間でこのような作業でなされたことへの反論もあろう。行政刷新会議では、今後、予算の削減や見直しを求めた事業について、再度第2幕の事業仕分けを行うということだが、ノーベル賞受賞者や五輪メダリストから出された大きな声だけに惑わされないで、発言力が弱い者の小さい声も見逃さずに公正に取り入れて欲しいものだ。

米軍普天間飛行場の移設問題がアメリカ側との交渉で難航していることが伝えられて
いる。沖縄基地問題は、沖縄の人々にとって生活に影響を及ぼす切実な問題であり、橋下知事などは、沖縄の痛みを全国で分かち合うべきである、というようなことも発言している。

しかし将来的には、グアムなど国外へ移設してもらうことで、忍耐強く、アメリカ側と交渉すべきである。理解できないのは、最近のオバマ米大統領の態度である。核兵器廃絶への発言とかベルリンでの平和宣言をされていることを考えると、沖縄県民の気持ちを無視しているかのように、全く沖縄県民の気持ちを思いやるような言動が見られないことは理解できない。多分本人は、良識ある人物なので、充分それについて考えているように思うが、軍部などの反対があり、自分の意見を述べていないのであろう。

日本側としては、安易な妥協は禁物である。アメリカとの友好関係は必要だが、アメリカの機嫌をとるをせず、独立国家として、言うべきことは言い、忍耐強く交渉すべきである。

もうひとつ、鳩山氏の政治資金問題で、鳩山氏の母親からの資金提供がとりざたされている。鳩山氏は、このような大金の管理を秘書に任していたので自分は知らなかったと弁明している。このこと自体は管理責任を放棄するようで容認できることではないが、鳩山氏の人柄、今までの言動から判断して、知らなかったというのは事実であろう。しかも不正な金でなく、身内の金なので、とかくあまり大きくとりあげ、騒ぎ立てる問題ではなさそうである。

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