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2010年1月 2日 (土)

人間的な絆のある社会を

前回の記事で、中東の国ドバイは、このままでは自らが手に染めた金融資本主義によって将来的には崩壊の危機に瀕しているということを述べたが、同じようにアメリカ追随の金融立国の道を選び国家崩壊の危機に陥った国がある。アイスランドである。

しかしアイスランドの対応は素早かった。賢明なアイスランド国民は、いち早く金融資本主義が国民の幸福をもたらすよりは、国民相互の絆を消滅させ、社会を崩壊させるものと断定し、新しい政府を選んだ。そして新首相は、新自由主義・強欲との決別を宣言。現在はまともな国家として再建途上であると聞く。

我が国においても、村上ファンドの村上氏のように、儲けることは悪いことですかと、法外な利益、いわゆる泡銭(あぶくぜに)を得ながら平然とこのように言ってのける強欲な人物も存在した。

今後、日本のみならず世界は、マイケルムーア監督が言うような一握りの富める者が殆ど全ての富を独占しているような社会から脱却することを目指すべきであろう。豊かであることに越したことはないが、最低限貧しくても皆が協力し合って生きて行く社会、絆で結ばれた社会が必要だ。例えばアジアにあるブータンは、国としては貧しい。しかし経済的に貧しいだけであって、皆が助け合って生きており、皆が幸福感を感じている。

ベルリンの壁の崩壊により自由を得た旧東ドイツ国民の中には、最初は歓喜で満ち溢れていたが、今は絶望的な状態であると、“昔は思想の自由がなかったが何とか生活できたので昔の方がましだ”と昔を懐かしむ人がいるという。淋しい限りだ。これらの人にこのようなことを感じさせるのは格差の存在だ。このような悲しい現実がないようにして欲しいものだ。

日本においても、若い人が希望をもって生きて行ける世の中、貧しくても努力すればなんとかなると楽観的に考えられる世の中。苦労はするが何とか学べ、適当な時期に結婚もでき子供を育てることができる世の中、になって欲しいものだ。民主党政権も、将来を担う若者に希望を与えて欲しい。

このような社会を実現できる社会システムは確立されていないが、今後、資本主義の枠組みの中で、政府がやるべきことと民間がやるべきことをしっかりとわけてやることが必要であろう。小さい政府か大きい政府とかいう議論があるが、少なくとも民間ではカバーできない陽の当たらないところには、利潤を度外視して、資本を投入すべきなのだろう。

その中で、最も大切なことは自分だけが儲かればよいと考えたり、自分だけが幸せになればよいと考えたりするような人間をなくすような教育。社会倫理の教育であろう。

by 八木: http://homepage3.nifty.com/yagikeieioffice/

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コメント

今年も、子供は見捨てられますか!
 不登校、退学者20万人、精神疾患休職教員5400人。こんな学校に通えば、ひきこもり、ニート、失業者となり、四万人の自殺者が出るのは当然です。
日本国民は、なぜこんなデタラメ教育を許しておくのでしょうか。子供の不幸を見て見ぬふりする堕落した日本人こそ、自民党・官僚政治の愚民化政策が作り出した愚民です。
教育現場から愚民化教育のおぞましい実態を詳細に暴露したのが「『おバカ教育』の構造」(阿吽正望 日新報道)です。時代錯誤の文科省官僚は、この知識時代に愚民化教育を行い、若者を貧窮させ、犯罪に走らせ、国家衰退を作り続けています。
これは、薬害エイズや薬害肝炎を起こした厚労省官僚を越える大罪です。悪徳官僚への恨みと呪いの声が、親や教師から聞こえてきます。うらめしや、うらめしやと。
今年こそ親たちは目を覚まし、子供を救うために立ち上がるのでしょうか。それとも、薬害肝炎やエイズ、原爆症患者、沖縄と同じに、日本人は子供を見捨てるのでしょうか。

投稿: 大和 | 2010年1月 2日 (土) 22時17分

大和さん

補足的なコメントありがとうございます。

投稿: やぎ | 2010年1月 4日 (月) 11時37分

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