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2010年2月 3日 (水)

酒田市散歩

酒田市のセミナーで、終始お世話になった酒田市商工観光部の岸谷さんには、酒田空港に到着後やセミナー終了後の飛行機の出発時間までの時間を利用して、お忙しい中、酒田市内の観光案内役までして頂いた。ブログを借りて改めてお礼申し上げたい。
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◆庄内空港から市内へ
庄内空港で岸谷さんの出迎えを受ける。雪の方は私が訪れた期間中は殆ど降らず、気温も平年に比べて穏やかであった。宿泊先の酒田東急インまでの車中で酒田のことについて色々と説明頂いた。酒田市の現況、現在抱えている問題等々。
空港から北へ向う国道沿いの西側には延々と松林が続いている。これは防風林として、地元の豪商本間家により作られたという。

市内に入る前に最上川を通過する。最上川は日本3大急流の一つだ。芭蕉が奥の細道で「五月雨を集めて早し最上川」と詠った俳句が思い出される。現在は、冬でこの俳句が詠われた季節ではないが、車中から眺めると、なるほどその様に流れが早いと感じた。芭蕉は同じ山形県内の山寺で「閑けさや岩にしみ入る蝉の声」という句を遺していると、岸谷さんから教えて頂く。

酒田市は昭和51年に「酒田大火」といわれている大火事に見舞われた。火事は翌日まで続き、多くの家屋や歴史的な文化財が被害を受けたという。その後、急速な回復を遂げた。

東急インに到着後、ホテル内にある「田舎」で食事をした。店の方と和やかに懇談。地元のお酒「上喜元」を飲みながら、この季節特有の寒鱈汁を頂く。

第一日目のセミナー終了後、商工観光部、商工会議所の方との交流会に参加。東急インにある郷土風フランス料理の店「ル・ポット・フー」で食事を共に頂く。酒田と大阪の産業の最近の状況についての情報交換などができ、大変有意義な交流会であった。ここで地元のお酒に「初孫」や「上喜元」という銘柄があり、全国的に人気が高いことを教えて頂いた。初孫を少し飲んだが、ワインのようで美味しい味であった。

◆セミナー終了後、飛行機の出発時間までの間、下記の場所を案内頂いた。

★山王くらぶ・・・明治28年建築の酒田を代表する規模と格式をもった元料亭である。北前船の寄港地として栄えた酒田の歴史や来酒した文人墨客を紹介している。大和朝廷の東北支配の象徴である出羽国府などの説明表示、つるし飾りの陳列(酒田のつるし飾りは日本3大つるし飾りのひとつ)、竹久夢二の間などを見て廻った。最近のものでは酒田大火とその後の復興を写した写真、などがあり、興味深く拝見した。
  →写真1:玄関、 写真2:つるし飾り、写真3:酒田大火を伝える写真

★映画「おくりびと」のロケ地・・・市内の所々に映画「おくりびと」のロケ地を案内する表示が見られた。連れていって頂いたのは葬儀屋・NKエージェントの建物。建物の中には、映画で使用された場面のセットの幾つかが遺されていた。 → 写真4、写真4

★鮭を売る店・・・”鮭おくり風干予約承ります”という店があった。東北地方らしい風景に思わず引き寄せられる。 →写真6

★旧鐙屋(あぶみや)・・・酒田を代表する大廻船問屋であり、江戸時代を通じて繁栄した。また、酒田36人衆の一員として町政にも大きな役割を果したという。1688年に出版された井原西鶴の日本永代蔵にも紹介されている。この鐙屋がある辺りには他にも多くの廻船問屋が軒を連ねていたという。 説明員の方がここは今で言う総合商社であったという説明が非常に適切で面白かった。「酒田の歴史」というわかりやすい中高校生用の資料があったので買う。 → 写真7、写真8

★本間家旧本亭・・・本間家三代光丘が庄内藩主酒井家のために幕府の巡見使宿舎として建造したものである。武家屋敷と商家造りの二つの建築様式が一体となっている全国にも例がない建築物である。本間家は戦後の農地改革までは日本一の地主であったそうである。戦後、この建物は一時進駐軍の宿舎としても使われた。→写真9 

★希望ホール・・・酒田市民会館として建てられた音楽ホールで、その名は酒田出身の歌手・岸洋子さんの歌「希望」に因んで名付けられた。岸さんの「夜明けの歌」は若い頃、よく聴きよく唄ったものだ。今でも私の愛唱歌である。 →写真10

★山居倉庫・・・明治26年に建設された米の保管倉庫で現在も農業倉庫として使用されている。ケヤキ並木とともに12棟が立ち並ぶ景観は、非常に美しく、米どころ庄内のシンボルとして有名である。女優の吉永小百合さんもこの前で撮影したことがあるという。私も同じような構図で写真を撮って頂いた。この倉庫の内、2棟が観光物産館となっていた。ここで土産に鱈の干物と酒まんじゅうを買う。 → 写真11、写真12

★土門挙記念館・・・酒田出身の世界的な写真家である故土門挙さんの作品を収蔵・展示した日本で最初の写真美術館である。土門さんはリアリズムな写真を確立された。古寺などの美しい写真を撮る一方で、筑豊の子供達や原爆患者などの写真を撮り、現実から目をそらさない社会派の写真家であった、と改めて認識した。
   →写真13、写真14

by 八木: http://homepage3.nifty.com/yagikeieioffice/

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写真1

山王くらぶ

入り口

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写真2

つるし飾り

(日本三大
つるし飾り
  のひとつ)

古くから酒田に
伝わる傘福も
そのひとつ

 

Simg_2417

写真3

酒田大火
を伝える
写真

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写真4

映画「おくりびと」
の舞台となった
葬儀屋
「NKエージェント」
の玄関

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写真5

映画「おくりびと」
のポスター

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写真6

鮭を売る店

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写真7

廻船問屋
「鐙屋」の中の
説明文

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写真8

「鐙屋」
で説明を聞く

手前は
北前船の模型

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写真9

本間家
旧本亭

大きい松の木
に見惚れる

Simg_2452

写真10

希望ホール

岸洋子さんの歌
「希望」に因んで
名づけられた

Simg_2453

写真11

山居倉庫

Simg_2456

写真12

酒田の
銘酒

「初孫」
「上喜元」

Simg_2469

写真13

土門挙
記念館

Simg_2461

写真14

土門挙
記念館の
展示

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