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2010年4月11日 (日)

京都伏見・寺田屋界隈

2010年3月末、某日。坂本龍馬の定宿であった寺田屋は平日なのに、春休みのせいか、観光客で溢れていた。放映中のNHK龍馬伝の人気の高さを物語ってる。かねてから訪れたいと思っていたが、なかなか実現しなかった。京都には、他に、龍馬ゆかりの宿・近江屋・池田屋があるが、それらの姿はなく、わずかに石碑などが残っているだけであり、それ故、当時の面影を残しているのは酢屋とここ寺田屋だけである。そして実際訪れてみて、思っていたよりも書籍では得られない多くの史実を学べ、嬉しく感じた。

さて、龍馬伝であるが、原作を読んでいないが、三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の観点から龍馬の生涯を描いたものである。司馬遼太郎作の「龍馬がゆく」とは内容的に少し異なった箇所もあるが概ね、同じであると思う。異なっている点は、それぞれの人物の性格や行動が若干違っていることや、龍馬を巡る女性では、加尾さんや家老の娘・お田鶴さんが司馬遼太郎の小説には描かれているが、今回の龍馬伝では出てこないと言うようなところだ。
福山雅治、香川照之、寺島しのぶ、広末涼子、貫地谷しほり、などがそれぞれ龍馬、岩崎弥太郎、乙女姉、加尾、千葉佐奈子を上手く演じており楽しませてくれる。
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伏見の旅館・寺田屋では幕末史に残る2つの事件で有名だ。ひとつは1862年、薩摩藩急進派と他藩の志士達が寺田屋に集合し、討幕の挙兵を決行しようという計画をしていた時、薩摩藩主島津久光の命で鎮圧し、9名の志士が犠牲となった寺田屋騒動、もうひとつは、1866年龍馬が伏見奉行所の捕方に襲われた寺田屋事件である。

見学して、司馬遼太郎の「龍馬がゆく」で読んだ様々な光景が脳裏に浮かんできて興味深く思った。寺田屋騒動の際に残されたという刀傷や入浴中の龍馬の妻・おりょうさんが裸で駆け上がり危険を知らせたという階段、宿の女将さん・お登勢さんの肖像画、龍馬とおりょうさんが一緒に写った写真、勝海舟、桂小五郎、龍馬、西郷など明治維新を導いた者達の集合写真、など、多くの史実を物語る多くのものが見られた。

その他、寺田屋の辺りには、龍馬が歩いた竜馬通り商店街、十石舟乗り場、月桂冠大蔵記念館、伏見の酒蔵街、長建寺、など見所満載であった。
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「龍馬がゆく」や今回の「龍馬伝」においても、描かれているように、当時の尊王攘夷運動という流れの中で、尊王攘夷という狭い領域に埋没せず、広く世界と言うものを意識し、勝海舟等とともに、平和裏に幕末の政権交代を演出した坂本龍馬の生涯を改めて再認識した伏見での一日であった。

by 八木: http://homepage3.nifty.com/yagikeieioffice/

Simg_2604_2

寺田屋全貌

Simg_2591

龍馬の妻
おりょうさんが
危険を感じ
駆け上った
という階段

Simg_2598

勝海舟、
桂小五郎、
龍馬、西郷など
明治維新を
導いた者達の
集合写真、

Simg_2578

竜馬通り
と名付け
られた
商店街

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