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2010年5月21日 (金)

歴史の面白さ・・・種子島への鉄砲伝来について

今年4月にポルトガルを訪れたこともあって、以前から親近感を感じているポルトガルという国に一層興味を感じるようになった。そういうこともあって司馬遼太郎さんの街道をゆく「熊野・古座街道、種子島みち」を読んでいると、種子島への鉄砲伝来に触れた箇所があった。

有名な鉄砲伝来は、1542年あるいは1543年と言われているが、鉄砲を持ったポルトガル人がこの島に漂着したというのは風浪がなした偶然である。しかし漂着したのが種子島でなく他の未開の孤島であったならば、その後の歴史は大きく変わっていたであろう。

種子島家にある「鉄砲記」によると当時の島主・種子島時尭(ときたか)は2挺の鉄砲を多額な金額で譲り受け、鍛冶職人数人にその製法を調べさせたという。当時の種子島は鉄についての産業が盛んであったらしい。そして半年後にはかなりの鉄砲が島内に存在していたという。

また、種子島には当時、紀州・根来寺の貿易関係者が滞在しており、種子島と根来寺が一体となって、琉球などを介し対明貿易を行っていたという。このように種子島は貿易の基地としても重要な位置を占めていた。

このようなわけで鉄砲は伝来後、またたくまに日本全国に普及した。鉄砲の出現は山城を無用にした。戦国前期ともいうべきそれまでの時代は、日本全国に無数の小豪族が山城にこもって群雄割拠していたが、鉄砲の出現により山城が無用になり、大勢力に亡ぼされるか統合されることになった。

鉄砲伝来が種子島でなかったならば、この後、織豊政権を経て関が原の戦いに至る過程がどのようになったであろう?と考えると興味深い。

by 八木: http://homepage3.nifty.com/yagikeieioffice/

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コメント

昨年、種子島に行きました。
とっても良いところです。
昔ながらの町並みがあり、観光客に荒らされていない美しい海は岩場、砂浜、サーファーの集まる波の高いところと、それぞれに違った顔があり、食べるものも豊富。
目の前に屋久島が見え、外国の船が座礁して漂着した時の交流の話など、興味深いお話がたくさんあります。
行かれる時はお勧めの宿をご紹介しますよ♪

投稿: 世間師 | 2010年5月21日 (金) 11時50分

世間師さんお久し振りです。
ご活躍のご様子、ブログで拝見しています。

種子島には行ったことがないですが、司馬遼太郎さんが本に書かれていることと、
世間師さんが言われていることが重なりあって、島の自然豊かな情景が脳裏に浮びます。
行く時はお聞きしますのでよろしく。

投稿: やぎ | 2010年5月21日 (金) 12時25分

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