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2010年11月

2010年11月28日 (日)

ツイッターセミナー

先日、経営コンサルタント仲間の会合であるSAVS研究会で、講師としてツイッターについての講演を行った。初めてツイッターの話を聴く方も多くおられたので、わかりやすい説明を心がけた。皆さんからツイッターについて親しみを感じた、お客さんともこれでツイッターに関して議論ができそうだというようなコメントがあった。

講演の内容は、

・名刺に見る情報伝達の歴史
・ツイッターとは? 140字の情報革命
・ツイッターをビジネスで成功させる7つの基本戦略
・フォロワー獲得方法
・ツイッターによる情報収集術
・ツイッターはどのように活用されているか
・ツイッターマーケティングについて

Img_0001_2 ツイッターを始めたのが今年の5月中、手探りでツイッターをやってきたが、それなりに勉強し、今回のように皆さんに講義する機会も得て更に知識を蓄えたことで、ツイッターの全貌が何とか理解できるようになったように思う。

ところでツイッターをビジネスに活用することに関してであるが、テーマを絞って(専門性をもって)、役に立つ、読みたいと思わせるような内容をつぶやき続けることが大切であることを改めて感じた。

また、ツイッターはあくまでも集客の入り口であり、ブログ、ホームページとの連携が大切であることも理解できた。

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2010年11月24日 (水)

尼崎市に2代連続で「市民派」女性市長誕生

兵庫県尼崎市長選で、前県議員の稲村和美さん(38)が当選した。現職の白井文市長の路線を引き継いで「市民派」をアピールし、政党の推薦を一切受けずのことである。それも圧倒的な大差をつけての勝利であった。2代連続での女性首長は全国初。女性市長としては最年少での就任であるらしい。(写真は、白井現市長と当選を喜ぶあう稲村新市長)

Osk201011210167_2 稲村さんは、大学生の時に、阪神大震災に遭いボランティア活動に参加。その活動を通じて、市民とか自治という言葉に目覚め、政治の道に入ったという。そして就職した証券会社を辞め、白井文・現市長の選挙スタッフになり、自らも2003年に兵庫県議に当選した。

当選後、稲村さんは「市民のみなさんの声を聞き、皆で進める市政をしたい」 また「子育てと市長を両立させたい。5歳の娘を朝、保育所に送り届けてから登庁したい」と述べている。

ところで、国政レベルでは、政党の推薦を受けた多くの政治に経験のない有名人(男女とも)が国会議員として当選しているが、その政治的手腕は定かでないし、本当に国民のために働いてくれるか疑問である。

そのような中、今回の稲村さんのように地方政治に関わり、多くの苦労と経験をされ、政党の推薦を全く受けず、“実力”で当選されたことの意義は大きい。尼崎市民もいい人を選んだものだ。

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2010年11月21日 (日)

箕面の紅葉を楽しむ

11月17日、箕面観光ボランティアガイドが主催するオープンガイド・ハイキングに参加。

箕面駅~龍安寺~化石谷~展望台~才ヶ原林道~こもれび展望所~ばばたれ道~政の茶屋~長谷橋~箕面川ダム周回道~政の茶屋~一目千本~箕面駅 の約14KM のハイキングを楽しんだ。約100名の方が参加された。

箕面川ダム周辺の紅葉は本格的で美しかった。

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2010年11月20日 (土)

企業を元気にするための改善のヒント

先日、滋賀県近江八幡市のホテル・ニューオーミで行われたS社主催によるS社協力会社の親睦会に講師として招かれ、「企業を元気にするための改善のヒント」と題して元気な企業の特徴的なことについてお話させて頂いた。60名もの多くの方に熱心に聴いて頂き感謝の気持ちで一杯である。

講演の主旨は、

1)企業を支えるのは、社員の高い当事者意識とチームワークであり、企業発展の礎は”人と組織”である。

2)元気な企業には、
*社員が皆、それぞれの長所を生かし、知恵を出し合って協力しながら働いている。
*社長が社員を信頼し、社員の自主性を重んじている。
*職場が整理・整頓されていて明るい。

などの共通点が見られる。

S社は毎年、このような親睦会を開催されているというが、関係会社を大切にするというのは、良き日本的経営の特徴でもある。グローバル化の時代であるからこそ、我が国の企業はこのような日本的経営の良さを改めて認識する必要があると感じた。


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2010年11月15日 (月)

歴史の舞台となった料亭「花外楼」の女将さんの話を聴く

大阪販売士会主催で、創業180年を超える長寿企業「花外楼」の女将さん、徳光正子さんのお話を聴く機会があった。

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講師の徳光正子氏は、老舗料亭・花外楼の五代目女将である。紺色を基調とした地味な服装で、物静かな話しぶりの中に謙虚さを感じさせる方であった。趣味として絵画や山歩きをするが、特に得意な芸などもなく、唄なども歌えないと大変控え目に自己紹介された。

花外楼は、北浜の現在地に「加賀伊」と称して、初代「伊助」が、1830年代(天保年間)に料理屋を開いたのが始まりであり、今年で創業180年を超える長寿企業である。明治8年、世にいう大阪会議がこの花外楼で開催され、大久保利通、木戸孝允、板垣退助、伊藤博文らが集まり、その協議の結果日本の立憲政体の礎が築かれた。この会議の成功を祝って、木戸孝允より「花外楼」の屋号が贈られたという。創業当時、花外楼があった現在の北浜の界隈は、八軒の船宿などが軒を並べていたことから八軒家浜と呼ばれ、京と大坂を結ぶ30石船の往来で賑わった。坂本龍馬が活躍していた頃である。

立派な家訓もなく、他の船宿と比べてもこれといった特徴のなかった花外楼が現代に至るまで生き残ることが出来たのは、初代・伊助の「誠実さ」に尽きると徳光さんは話された。その例として、幕末、尊王攘夷派の志士が宿泊しているところへ、新撰組の近藤勇が訪ねて来たが、あくまでも大切な顧客として彼を扱い、天井裏に匿った、また何かにつけ金銭的なものを受け取らず潔癖であった。このような積み重ねが世間の信用を得ることに繋がったのではないかと話された。

徳光氏は長寿企業の秘訣として、祖父母や両親から言い伝えられて来たことやご自分の意見も含め、次のようなことを挙げられた。*先ずは親がやってきたことを守る *継続は力なり *企業が永続するには、優れた企業風土をつくることが大切で、経営者がホームラン王になることではない *信用などの形にならないものが大切 *従業員や取引先を大切にする *世話になった人のことを忘れるな *地域社会に貢献する、など。

また、新しい時代の変化に対応するための革新の必要性も説かれた。花外楼でも新しい時代への対応を絶えず考えて来たということで、女性のための茶室、花屋、パン屋、フランス料理、人のつどいのためのギャラリーや落語、オリジナルな結婚式、などを挙げられた。これらは皆で知恵を出し合ってやったという。

最後に、現在、料亭は岐路にある。今後何を残し、何を捨てるかを決めなければならないが、初代伊助の創業の原点に戻って頑張ろうと考えていると話を締め括られた。

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2010年11月12日 (金)

大和三山万葉ウォーク

11月3日、万葉文化館が主催する大和三山万葉ウォークに参加。好天に恵まれ明日香の秋を楽しんだ。今年は畝傍山を中心とした約8KMのコースであった。いつものように万葉文化館の井上さやか先生を講師とする万葉ウォークであった。

久米寺→橿原神宮→懿徳天皇陵→安寧天皇陵→畝傍山→神武天皇陵→鷺栖神社→本薬師寺跡→大久保寺 というルート。

・神武天皇、懿徳天皇、安寧天皇という伝説上の天皇についての古事記、日本書記を引用しての説明は興味深いものだった。

・橿原神宮は七五三で賑わっていた。

・畝傍山に上り、大和三山についての有名な歌の説明を聴き、太古の昔に思いを馳せる。
  
「香具山は 畝傍ををしと 耳なしと 相あらそひき 神代より かくにあるらし 古昔も しかにあれこそ うつせみも 妻を あらそふらしき」 (大和三山の妻あらそい)

・本薬師寺跡には大友の旅人が詠んだ有名な歌碑があった。
「わすれ草 わが紐に付く 香具山の ふりにし里を わすれむがため」
  (わすれ草を私は紐につける。香具山がなつかしい、あの故郷を忘れようとして)

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  橿原神宮での七五三風景

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 畝傍山 頂上から見た天の香具山

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  本薬師寺跡から見た畝傍山

 

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The Art of Gaman・尊厳の芸術

先日、NHK番組で、第2次世界大戦の最中、アメリカによって強制的に連行された日本人が収容所の中で、先行きが見えない絶望的な環境の中で、生きる希望を失わずモノづくりに励んでいたというニュース(The Art of Gaman(我慢):尊厳の芸術)を報じていた。

その収容所というのは酷い状態であったという。冬季には建物の隙間から冷たい埃まじりの風が舞い込むといったような環境であった。また人間を人間と思わないような虐待が日常茶飯事であったらしい。このような話を聞くと、民主主義国家であると自認するアメリカの恥部が見えてくる。

このような環境の中で、人々は生きる望みを失わないように、日常品や彫刻、人形、ブローチなどの工芸品をつくっていたという。驚くべきことにこれらのものをつくる刃物などの道具や工芸品の材料は、収容所のあたりにある木材や金属材料などを集めてつくったという。一例として、ブローチなどの作品の中に小さな貝殻が見られたが、これらの貝殻は地面を深く掘って探し当てたものだという。テレビでそれらの作品の一部が写し出されていたが、素晴らしく正に芸術品に値するものであった。

これらの話を聞くと、ものづくり精神に富んだ日本人の良さが、こういうところでも表出されていたということを知り嬉しく感じる。
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さて、これらの作品が日の目を見るようになったのは、偶然のことであったというから、これまた驚きだ。収容所にいた方の遺品の整理をしていた彼らの子供さんやお孫さんが、その遺品の中にそれらの芸術品を近年見つけたという。

収容所で亡くなられた方は、収容所での生活については戦後も多くを語らなかったし、アメリカ人についても正面切って悪口を云わなかったということである。それは、子供たちが戦後、アメリカ社会に反感を持たず、順応して生きて行くためには、それらの事実を知らせることがマイナスと感じたからだ。まさに泣かされる話だ。

これらの作品は現在、スミソニアン博物館に展示され、良識あるアメリカ人に日本人に対する尊敬の念を植え付けているという。上記をクリックすると作品の映像を見ることができます。また、下記のような書籍が出版されている。

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2010年11月 8日 (月)

”庶民派監督”が率いるロッテが日本一に

プロ野球日本シリーズでロッテが中日を破って日本一となった。レギュラーシーズン勝率3位からの日本一は両リーグを通じ史上初である。まさに下剋上といってもよい。

テレビを見ていたが、連日の延長戦にもつれ込む熱戦は見応えがあった。両チームのチーム差は殆どなく、どちらが勝ってもおかしくなかった。

今回のロッテの優勝は、チーム生え抜きで、スター選手とは言えなかった”庶民派”の西村徳文監督(50)の下でなされたところに大きな意義がある。まさにチーム一丸となった勝利であった。

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