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2010年12月10日 (金)

あの高山右近のモザイク画がスペインの聖堂に!

最近、地元の市民活動を通じて、戦国キリシタン大名の高山右近に興味を覚えるようになった。というのは私が住んでいる箕面市と隣接している大阪府豊能郡豊能町高山というところが高山右近の生地だからだ。宣教師ルイス・フロイスも高山にやって来ており、そのことをその著「日本史」に記している。村民はことごとくキリシタンであったという。

さて、先日NHKの番組「歴史秘話ヒストリア」で高山右近についてのドキュメントを観た。
右近は父の勧めで洗礼を受けたという。この頃多くの大名がキリシタンとなったが、それは貿易を有利に進めるためなどが目的であったのに対し、右近は純粋な気持ちでキリスタンになったらしい。

その後、右近は信長・秀吉に仕え数々の武功を立てたが、一方では茶道にもすぐれ、千利休の高弟としても知られている。しかし、秀吉が禁教令を発した後も改宗を拒んだため領地を没収され放浪の旅に出る。一時は加賀の前田氏の世話になるが、1612年のキリスト教禁止令により国外に追放される。このような厳しい処置になったのは、徳川・豊臣両氏の前面衝突を控えたこの時期(大阪冬の陣、夏の陣)、家康としては、全国のキリシタンが豊臣方に結集するのを避けたかったからだった。ことに武勇に秀で、キリシタンから圧倒的な信望を集める右近は徳川方にとって脅威であったからだ。

右近はマニラに到着。その時マニラ市民は岸を埋め尽くし、総督も自ら迎えに出て、信仰を守り通して祖国を追われた英雄の到着を熱狂的に迎えたという。しかしマニラ到着後40日余りで右近は世を去った。彼を追悼するミサは9日間も続いたという。

ところで、右近のモザイク画が、はるか遠いスペイン・バルセロナの近郊マンレーサ洞窟内にある地下聖堂セント・イグナシオ教会にあり、キリスト教の普及に貢献した世界の偉人と一緒に描かれているという。

興味を覚えたので、ネットで調べてみたが、分からなかった。そうしている内に、スペインのアーティスト、マルタ・モンカーダさんという女性の方のブログあり、そこに、それらしい洞窟の画像が掲載されているのを見つけた。そして今日、問い合わせのメールを打ったところである。

(下の写真がそれらしき洞窟である)

彼女のブログの中には、次のように記されている:

この洞窟には500年前、戦争で傷ついたバスク貴族の兵士であったイグナチウス・ロヨラが、ここで傷を癒し、やがて彼が創設したイエズス会の原点といえる「霊操」についてインスピレーションを得て書いた有名な場所です。この洞窟を守るようにして、現在はその上にマンレーサの教会が築かれており、世界中からカトリック信者が訪れる聖地のひとつとなっています。
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2010/12/11追記:
後日、マルタさんから、次のようなメールを頂いた。

・・・・マンレーサの洞窟は、バスク人のイグナチオ・ロヨラがカタルーニャのマンレーサで「なぜ悟りを開いたのか」ということに興味があり訪れました。ご存知のように、いずれもスペイン語を話さない地域の話で、ロヨラは本来バスク語、マンレーサはカタルーニャ語を話す地域です。

マンレーサはバルセロナから車で北にわずか1時間のところにある、衛星都市(といっても人口1~2万)のような地域で、内陸なので埃っぽい、どちらかというと寂れた感じの町でした。

その地域は10キロ程さらに北にあるガウディのサグラダファミリア教会のモデルになった、モンセラート山がカトリックの聖地として有名です。そこに住む私の友人の画家や建築家を訪ねて行きました。

さて、お尋ねの件ですが、まさかあの高山右近の肖像がマンレーサにあるとは全く存じませんでした。もし事前に知っていたら、私も見たかったです。

マンレーサの教会はロヨラがモンセラート山を眺めながら天啓を得た洞窟の、まさにその上に建てられていますから、右近の肖像画がそこにあるのは間違いないと思います。

意外に日本では知られていませんが、細川ガラシャ(Gracia。カタルーニャ語読みでグラシア、バルセロナの私の家のある地域です)を洗礼に導いたコスメ・デ・トーレスという宣教師もカタルーニャ人ですし、時代は下って、明治期の日本の美術界の父を呼ばれたアーネスト・フェノロサもカタルーニャ系アメリカ人です。大津の三井寺に、フェノロサのお墓があります・・・・
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