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2011年7月 3日 (日)

佐藤芳之氏・アフリカの人たちのために奔走する人

こんな日本人もいるのだ!ということを認識すると共に、同じ日本人として誇りを感じさせてくれる人がいる。ケニア最大の食品加工メーカー「ケニア・ナッツ・カンパニー」を創業した佐藤芳之氏だ。

佐藤氏は現在71歳。約50年前に単身でアフリカに渡り、一代で年商30億円の同社を育て上げた。その目的は、アフリカ人の自立と貧困からの脱出だ、儲けるなどというようなことは、この人には無縁のことだ。

下記の写真は、朝日新聞の記事より借用。
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ケニア・ナッツ・カンパニーは、マカダミアナッツを中心に紅茶、コーヒー、ワインなどを生産・販売している会社で、その取引先は「ネスレ」など世界企業である。工場で働くスタッフに、原材料のナッツを作る農民など、生み出した雇用は10万人。その収入で支えられる家族は100万人で、人工4000万人のケニアの40人に一人という勘定だ。

ここに至る道のりは苦難の連続だった。ケニア社員の遅刻、無断欠勤、衛生面に無頓着な態度などが同氏を苦しめた。そこで持ち込んだのが「社員を大切にする日本的経営だ」。

無料で社員が利用できる医務室、家族が病気になれば面倒をみる制度、10時のティータイム、社員のための独自の社内ローンなどだ。これらと佐藤氏の誠実は態度がケニアの人たちの心を動かした。今や同社はケニアの人たちによって運営されている。

「役割が終われば去る」というのが佐藤氏の持論だ。
同氏は68歳にして、この会社をケニア人に譲り、今度はルワンダに向かう。1994年の民族大虐殺で100万人が殺害されたという悲しい過去を持つ国だ。ここで同氏はバクテリアを利用した公衆衛生事業を日本の専門家の協力を経て始めた。そして消臭浄化剤を現地で生産し、ルワンダ政府を巻き込んだ公衆衛生事業を始めている。

同氏は今回の東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町の出身だ。震災後、アフリカより一時帰国し、故郷のために、仮設住居のトイレの衛生化などに尽力された。

最後になるが、同氏のことに少し触れたい。同氏は東京外国語大学を卒業後、直ぐにアフリカの人たちのために何かをしたいという思いで、ガーナに留学している。こういうところが普通の人と違うところだ。また子供の頃、左目が失明し、このハンディキャップを克服して来たという。このことも同氏のその後の人生に少なからず影響を及ぼしているものと思うのである。

by 八木経営システム研究所
http://homepage3.nifty.com/yagikeieioffice/

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