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2013年1月

2013年1月31日 (木)

「法善寺 夫婦善哉」でぜんざいを頂く

『法善寺 夫婦善哉』店は、大阪千日前 水掛不動・法善寺の隣にある。織田作之助の小説『夫婦善哉』で有名になった店である。先日、文楽を鑑賞してから3人の旧友と、まず『正宗』という大衆酒場で呑み、それからこの店に入った。この辺りは法善寺横丁と呼ばれ、石畳の狭い路地に、沢山の店がひしめき合い、浪花情緒あふれる所だ。私の好きな場所で、飲みに来るときはよく法善寺横丁に来る。

『夫婦善哉』は、こぢんまりとした明るい雰囲気の店だ。店に入ると、ご夫婦2組、若い女性の3...人のグループの先客がいて、賑やかであった。店内には、有名人のサイン入りの色紙が沢山飾られていた。中には、都喋々さんや宮本亜門さん、安藤美姫さんの色紙もあった。

夫婦善哉は、ひとり分として、お椀に二椀で善哉が提供される。これは女性と男性の2人が仲良く幸せで円満であることを表しているのだそうだ。店内にある掲示には、「一人前二椀を食べることでお互いの幸福、夫婦円満を味わって頂けます。独身男女が召し上がられますと、素晴らしい結婚相手に巡り逢い、良縁が舞い込みます」とあった。店の人に聞くと、最近若い女性客も多いという。


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AUN J クラシックオーケストラ・和楽器で日本文化を世界に発信

AUN J クラシックオーケストラが、フランスの世界遺産『モン・サン・ミッシェル』で演奏をするに至った番組をTVで観た。

Aunj0110_2このオーケストラで用いている楽器は全て、尺八、琴、三味線、笛、太鼓などの和楽器であり、フランスの人たちは初めて聴く、日本楽器による演奏に魅せられ、拍手が鳴りやまなかった。

この楽団の中には、ピアノなどの西欧音楽をやっていたが、ふと自分の中に和楽器の持つ日本的な音色や旋律に目覚めたものが多いそうだ。

今後も和楽器を通じての日本の心や日本文化紹介を世界に発信し続けて欲しい。

AUN J クラシックオーケストラ→ http://www.aunj.jp/

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2013年1月30日 (水)

人を大切にしない企業はいずれは衰退する

近年、これが日本企業なのかと疑いたくなるような報道が多くなってきた。そのひとつは、『追い出し部屋』という、今まであまり聴き慣れない嫌な言葉が新聞紙上に現れるようになったことである。これは人員削減のために、やめさせたい社員をある所に集め、仕事も与えないで、本人の自発的な退職を促すものらしい。

これがパナソニックのような大企業で創業者の松下幸之助氏以来、人を大切にし続けて来た、いわゆる優良企業であるから、猶更驚かされる。

日本企業は概ね、かつては家族的な経営を掲げ、終身雇用制のような良きシステムを維持して来た。しかしその後、アメリカ式の成果主義や能力給などの非人間的要素を取り入れるようになった結果、おかしくなってきた。そのためか、どのような経済環境においても敢然と社員の雇用を守るという経営者が少なくなって来たように思われる。自分さえ良ければそれでいいという様に、経営者の資質も低下して来たのであろうか。少なくとも言えることは、人を大切にしない企業は、短期的には業績を改善できるかもしれないが、長期的にみればいずれ衰退する。これは歴史が証明しているところである。

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2013年1月29日 (火)

国立文楽劇場で文楽を観る

昨年から、学生時代に同じ活動をしていた仲間4人が、年1、2回集まり、旧交を温めようという会合をもつている。4人は、大阪在住2人、横浜1人、名古屋1人で、主として大阪に集まる。今回は、文楽を観て、それから 飲みに行くという設定であった。今回観た文楽は、初春公演で、演目は、団子売、ひらかな盛衰記、本朝廿四考。

私は、歌舞伎や能は何回か観たことがあるが、文楽は観たことがなかったので、期待感をもって出かけた。国立文楽劇場(難波駅近くにある)に入ると、思っていたより観客が多い。橋本市長効果なのだろう。若い人もちらほらと。鑑賞前に、一階にある常設の入門展示室に入る。文楽の歴史や、大夫・三味線・人形について、資料や写真等で紹介されている。今回の初春公演からの「義経千本桜」、「本朝廿四孝」にちなむ資料の展示もあり、わかりやすい。

 
さて、肝心の文楽鑑賞であるが、なかなか難解であった。予め、演目のあらすじを予習して来ればもっと余裕をもって観ることができたと思う。それでも出かける前に、『あやつられ文楽鑑賞』(『三浦しをん』著・直木賞作家)を通読しておいたことで、楽しく鑑賞できたと思う。歌舞伎は役者が主体であるが、文楽の場合は、『義太夫(浄瑠璃)を語る「大夫」』が指揮者のようなもので、これに合せて、『三味線を弾く人』『人形を遣うひと』が追随する演劇であることがおぼろげに理解できたように思う。

ところで『あやつられ文楽鑑賞』はお奨め本である。さすが作家だけあって面白おかしく、難解な文楽を語っている。写真を添付しますが、撮影禁止であるので演目上演の写真はありません。

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2013年1月27日 (日)

B787機のこと

今、B787機のトラブル報道が紙面を賑わしている。バッテリーの破損が報じられ、その原因究明が関係者の間で進められているが、未だ原因は解明されていない。このB787機には我が国メーカーから多くの部品が供給されており、「準国産機」だとも言われている。万一、我が国のメーカーの部品に問題があるとなると、ものづくり日本の威信にも影響するので心配である。

私の友人で航空機のことに詳しい者の話では、今回のトラブルはシステム上のもので、バッテリーには多分問題がないとのことである。彼の見解は、ここでは言えないが、明確で納得性のあるものであると私は感じた。彼の見解が本当であることを期待したい。
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そもそもB787機がこのようなトラブルを抱えるようになったのは、経済性を重視するため、機体を軽くする目的で、今までの油圧制御とか空気圧制御の割合を減らし、電気制御という高性能な制御に切り替えたからである。いわば実績があり、確実で信頼性のあるローテクから敢えて未知な高性能なハイテクに切り替えたところに本質がある。経済性と安全性というトレードオフの問題は難しい。

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2013年1月26日 (土)

アルジェリアでの悲しい出来事に思う

アルジェリアで日揮関係者が多数犠牲になった。亡くなられた方には心からお悔やみを申し上げたいと思います。私は会社勤務していた時代の若い頃、海外プラント建設に従事していた時がある。その時、日揮さんとは少し関係があり、大変お世話になった。

プラント建設の仕事に携わっていた時、中近東へは何回か行った。アルジェリアには行ったことはないが、サウジアラビアやイラクなどへ行った。イラクへは短期であるが、イラン・イラク戦争最中の前後、国際入札の仕事で行ったし、サウジアラビアには、プラント建設のため、3年間程駐在した。

その当時は、民族紛争はあったものの、今のようなアルカイダによるテロ事件のような異常なものはなく、比較的平和な時代であった。アルカイダの様な勢力が台頭して来たのは、ソ連とアメリカの介入によるアフガニスタン紛争の後である。その頃より西欧圏とイスラム圏との対立がエスカレートして来たが、その根底には貧困の存在がある。暴力には暴力にといった方法では、永久にこのような事件はなくならない。世界から貧困をなくすことが第一に必要なことだと思われる。

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2013年1月20日 (日)

木下恵介監督の映画作品に思う

最近、若い世代の間で、故・木下恵介監督の映画作品に共感を覚える人たちが増えて来ているという。その背景には、勝った、負けたとかで何かと評価される世知辛い世の中で、時代に流されず、本来の自分を取り戻して生きてゆきたいという、若い人たちの価値観の変化がある様だ。

木下恵介監督は、社会派の映画監督として、戦後、弱い立場の人たちに焦点をあてて、庶民の喜怒哀楽を撮影し続けて来た。同時代の黒沢明監督が、どちらかと言えば強い人物とか、芸術的な面を重視して来たのとは対称的である。勿論どちらが良いといったことではなく、お互いにライバルとして、対照的な分野の作品を発表し、戦後の映画界を牽引して来た。

木下恵介監督は、戦争の空しさ、人間の悲哀、貧困などについての作品を多く世に出した。「二十四の瞳」「女の園」「喜びも悲しみも幾年月」などの作品がある。私は、この中の「二十四の瞳」(1954年制作、松竹映画)(原作・壺井栄)を、学生時代、大阪の難波の映画館で観たことを今でも鮮明に覚えている。高峰秀子さん主演の大石先生が、戦時中の暗い、苦難に満ちた世の中を、12人の子供たちとの触れ合いを通じて、懸命に励ましながら生きて行く姿に大変感動したものだ。

木下恵介作品のような映画は少なくなって来ているが、このような作品に共感するような若い世代が増えて来ていることを嬉しく思う。写真は映画「二十四の瞳」の中の2つのシーン(Wikipediaより転載)である。

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2013年1月16日 (水)

ワンコイン市民コンサート

音楽会には時々参加する程度であったが、昨年友人より「ワンコイン市民コンサート」という手軽に行ける音楽会があるので行かないかと誘われて、昨年5月より時間の許す限り参加している。

この「ワンコイン市民コンサート」は、大阪大学の荻原名誉教授が主催され、吹田市の大阪大学会館で行われている。クラシック音楽が主体で、月1回、プロやプロ予備軍の方たちの演奏をたっぷり楽しめる。料金がワンコイン500円というのも魅力だ。

このコンサートで私が気に入っているのは、トークが入っていることである。他の音楽会のことをあまり知らないが、普通クラシック音楽といえば、演奏者が舞台に出てきて、演奏して無言のまま帰るというスタイルだと思う。

ところが、このワンコイン市民コンサートでは、演奏者の自己紹介から始まって、演奏する曲目の由来、社会的な背景、作曲者の境遇や心理状態などについて、スライドなども使って説明してくれるのが有り難い。このことによってクラシック音楽の素人である私も、聴きながら曲の意味をよりよく理解でき、トークなしと仮定した場合よりも、強く癒されたり、強く勇気づけられたりする。

音楽には人々を結びつける力があるとか、社会的な力があるとか言われているが、演奏に加えてトークというものが加われば、より価値が深まり、音楽を聴きたいという人が増えるのではないかと感じた。

参考:荻原様の主催する「ワンコイン市民コンサート」のサイト

 

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2013年1月11日 (金)

ほほえましい結婚の話

地元の活動でご一緒させて頂いている70歳を少し超えた女性がおられる。昨年結婚された。仲睦まじくされていて、最近はご夫婦で会合にやって来られる。ほほえましく感じる。おふたりが、初婚かあるいはお互いの伴侶を失われた後の再婚であるかは、質問する機会がなかったので、わからない。

最近、熟年離婚であるとか、若い方でも早い段階で離婚に至る人が多いが、淋しいことである。特に熟年離婚など、人生の最終局面に至って何故こんなことになるのだろうとか、未然にこのような事態を避けることができたのではないかと考えると、不憫に思われてくる。

このような中、このように“老年結婚”とも言える、ほほえましい結婚をされる方もおられるのだ。昨日、同じ会合で、このご夫婦が朝日放送「新婚さんいらっしゃい!」に出場されるというのを聞いて驚いた。この番組は若い夫婦だけが対象だと思っていたので。放送は1月27日(日)。若い頃はよく観た番組だが、久し振りに観てみたい。

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2013年1月10日 (木)

ロシアへの旅(その2)

ロシアにおいて、イワン4世(雷帝と言われる)の治世の後は、1613年のロマノフ王朝の成立をもって引き継がれた。このロマノフ王朝で中心的な役割を演じたのは、ピョートル大帝と女帝エカテリーナ2世と言える。
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ピョートル大帝は、ロシアの近代化を進めた人物としてロシア国民から尊敬されているらしい。彼は家庭的には不幸な幼年期を過ごしたが、大帝に就任後、身分を隠して自らイギリスやオランダを訪れ、風俗や大砲の製造、造船などの技術を学び、西欧の科学や技術を熱心に導入した。

彼は1721年、スエーデンとの北方戦争を勝利に導き、ネヴァ河口に「西欧への窓」となる都市、ペテルブルグを建設し、ここに都を移した。この時、名実ともに大国となったロシアにふさわしい宮殿をという野心から生まれたのが「夏の宮殿」である。この宮殿の建設には彼自身も積極的に参画したという。1枚目の写真は、この夏の宮殿の中で「下の公園」と呼ばれる公園である。噴水群と光り輝く金箔の銅像が美しい。訪れたのは11月中旬であり、冬季への準備のため、木箱で覆われ、その煌びやかな光景を見ることができなかったのは残念である。
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ピョートル大帝の後、18世紀後半に登場した女帝エカテリーナ2世は、啓蒙専制君主として、ヴォルテールなどと親交があり、貴族との協力関係を維持し、都市にも自治権を与え、経済活動の促進を図った一方、治世の後半には農奴制を強化し、フランス革命後には反動的となり自由主義思想を弾圧したと言われている。

エカテリーナ2世は、ピョートル大帝を尊敬していたと言われる。大帝の後継者と自認し、デカブリスト広場に、大帝のために、プーシキンの詩で有名なピョートル大帝像「青年の騎士」を建てている。花崗岩の台座にはロシア語とラテン語で「エカテリーナ2世からピョートル大帝へ」という文字が刻まれている。

彼女は、ピョートル大帝がその妃・エカテリーナ1世のために建てたバロック様式の宮殿「エカテリーナ宮殿」を、彼女の好みに合わせ、一部をたクラシック様式に改装した。宮殿の外壁は、青い塗装が涼やかなロシア・バロック様式で、ロシアの曇った天候の中でも美しく映えていた(2枚目の写真)。

3枚目の写真は、エカテリーナ宮殿の大広間である。大きな窓から差し込む光が金色の彫刻や磨かれた床、鏡など、あらゆる角度に反射し眩しいばかりである。1791年6月、井上靖の小説「おろしや国粋夢譚」でも知られる大国屋光太夫がエカテリーナ2世に拝謁し、帰国の許可を得たのがこの広場であったと言われている。因みに大国屋光太夫は、ジョン万次郎ほどには知られていないが、江戸時代、海で遭難し、漂流の末ロシアに流れ着いた漁師さんである。

4枚目の写真は、着飾ったエカテリーナ2世の像である。ウエストが大変細いと思ってガイドさんに聞いてみたが、実際もそのようであった、とのことであった。Img_0687

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2013年1月 6日 (日)

ロシアへの旅(その1)

昨年11月中旬、ロシアを旅した。今、ロシアは寒波に見舞われ大変な様だが、私が行った時は連日好天に恵まれ、気温も日中は5~6℃程度で予想したよりも寒くなく、幸運であった。訪れたのはモスクワとサンクトペテルブルグである。

某社のツアーであったが、いつものツアーであれば、女性陣が7~8割を占めるのに、今回は男女半々であった。我々夫婦よりも海外旅行経験がはるかに豊富な方が多かったところをみると、既に著名な観光地へは行ったので、最後に残ったのはロシアぐらいしかないといった人が多かった。また美術品などの調査目的で参加した男性もいた。

ロシアについては、ソ連時代の共産主義政権による自由のない恐ろしい国というイメージが残っていたが、始めて訪れたロシアには、少なくとも観光地を訪れた限りでは、そのような残像は微塵も感じられなかった。

ロシアの通訳の方の話に基づくものであるが、ロシアの日常生活では、モスクワでは交通渋滞が日常的であるということであるが、その通りであった。しかし各家庭には暖房施設が備わり、国が管理する施設よりパイプで蒸気が供給されており、寒さに対する対策は優れていると感じた。市民の住居としてのアパートは国立の土地が賃貸されているという。

ソ連時代のことについては、共産党政権時代の政治家は全て不評であるが、ゴルバチョフが意外に人気がなかった。これは、我が国でも報じられているのと同じであった。それに対してエリツインは人気が高い。ゴルバチョフが、現在のロシアを共産主義の圧政から解放した人物であるのに人気がないのは、やはり当時の経済状勢下で、国民が困窮した生活を強いられたことによるらしい。経済状況の良さが最も国民の支持を得ると云うのは、我が国の先程の自民党の圧勝をみても理解できる。

また、ロシア時代のピョートル大帝とエカテリナー2世については、ロシアを現在の姿に導いた人物ということで、尊敬とある程度の人気の高さを維持しているようだ。

さて、これもロシアの通訳の方の日本贔屓に拠るかもしれないが、今ロシアでは日本ブームであるという。日本語を学ぶ若者が多い。「将軍」などの日本レストランも増えている。北野武や村上春樹なども人気があるという。事実であれば喜ばしいことだ。

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さて、観光で訪れた幾つかの地点について、少し記したい。

1)赤の広場とクレムリン
赤の広場は、ソ連時代には、メーデーや革命記念日に必ずパレードが行われる場所であった。「赤」が共産主義を連想させ、まさにソ連の象徴としてのイメージを抱かせるが、実は赤は共産主義とは関係なく、現代ロシア語では「赤い」という意味になるが、古代スラブ語では「美しい」という意味だそうだ。従って本来は「美しい広場」を意味した。

写真2枚は「赤の広場」で撮った写真である。実際に赤の広場に立つと、思っていたよりは狭く感じた。確か天安門広場よりも狭い。

広場の正面にレーニン廟があるが、厳重に警備されているものの、かつての神格化したイメージはない。人物が写っている写真は、家内とロシアの通訳の女性である。背景は赤の広場の南側に建つワシリー寺院という大聖堂で、対モンゴルの戦勝を記念して、イワン雷帝によって1560年に建てられた。玉ねぎ形のドームはロシア正教(=ギリシャ正教)の特徴で、ローソクの炎を表している。

もう一つの写真は、クレムリンの中にある「大砲の皇帝」と呼ばれている1568年に鋳造されたブロンズの大砲で、当時としては世界最大の口径を誇っていた。

ところでクレムリンとは「城塞」を意味する普通名詞で、ロシアにはこれ以外にもクレムリンが幾つかあるが、モスクワのクレムリンはモスクワ最大の観光名所である。

内部には、元老院(現ロシア連邦大統領府)、大統領官邸、ウスペンスキー大聖堂、大砲の皇帝、イワン大帝の鐘楼、武器庫(実は宝物庫)、など、多くのものがあるのに驚いた。

中でも武器庫の展示品には驚かされた。ロシアの工芸美術品、王冠や、何世紀にもわたって集められた外国の支配者などからの贈り物、ロシア帝国が得た戦利品、宮廷馬車、玉座、ピョートル大帝の巨大な服、エカテリーナ2世のきらびやかな衣装、など、目を見張るものがあった。武器庫内では写真撮影は禁止であるので、写真を撮れなかったのは残念である。

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2013年1月 2日 (水)

紅白歌合戦を観て

大晦日、時の流れを感じながら紅白歌合戦を観た。我々子供の頃は、大人も子供も、同じ歌を聴いて楽しんだ。だから一体感の様なものがあった。最近はそれぞれの世代が異なる歌を聴いて楽しむ。若い人たちのことを理解するには、彼らが好む歌も聴いて見ることも必要だ。

中にはいい歌も沢山ある。しかし中には、意味のない言葉が並んだ、詩として体をなさないものもある。この種の歌が、彼ら若い者が年齢を重ねた時、果たして思い出として残るのであろうか。私には疑問である。

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