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2013年6月

2013年6月27日 (木)

就活の学生様へ・会社選択のための必読書

就職は人生の大きな岐路です。これからの自分の人生を託す会社を決めなければなりません。慎重にしかも迅速に!

それでは、どのような視点で会社を選べば良いのでしようか? 大きな会社か小さな会社か?「寄らば 大樹の蔭」という言葉があります。大きな会社は安定していて、魅力的に映り、自分のしたいことができると、皆様は思われているかもしれません。

大きな会社は、概ね立派な会社であることは否定できませんが、しかし、必ずしも大きな会社=良い会社とは限りません。残念ながら、大きな会社であっても、人を人とも思わない、人間性を無視したことをやっている会社が時々散見されます。荷重労働を強いたり、経営者の意に沿わない場合、いじめに等しい扱いを受けているところもあります。
また、大きな会社では、大きな組織の中で、個人が埋没してしまい、自分の力を十分発揮できないおそれもあります。


そこで皆様は、大きな会社だけでなく、小さな会社(中小企業)についても、就職先として考えて見る価値があります。小さな企業の中には、社員の個性を尊重し、育ててくれる立派な企業が沢山あります。

会社を選ぶ決め手は、従業員を大切にして、利益優先でなく、「世のため人のため」を第一義に考えている会社です。そのような会社で働けば、皆様は悔いのない人生を歩むことができます。
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私が最近、仲間と共同で出版した本に、伸びる会社はここが違う!元気企業に学ぶ7ヶ条」(八木、他著)(出版文化社)があります。自画自賛ですが、この本では、日本的な、人を大切にする、人間主義に基づいた経営の必要性を説明し、事例企業として、多くの素晴らしい中小企業様を紹介しています。是非ご参考に一読下さい。

もう一冊、お奨め書があります。「日本で いちばん 大切にしたい会社」坂本光司著(あさ出版)です。この本を読んで私は感激しました。そして、上記の本を出版するに際して、ヒントを頂きました。

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これらの本を読んで、就職先を決める上でのヒントを得て頂ければ、幸いです。

by 八木経営システム研究所 http://homepage3.nifty.com/yagikeieioffice/

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2013年6月26日 (水)

ワンコインコンサート・シベリウスのフィンランディア

よく行くワンコインコンサート。先日のコンサートは大変珍しいものであった。
『Collage Piano コラージュピアノ』と題して、5人のピアノ演奏者(女性3人、男性2人)が、2台のピアノを使って演奏。二人での演奏、3人での演奏、4人での演奏、5人での演奏とバラエティに富んだものだった。

五人のピアニストは国籍も出身地も様々。まだ若い彼らだが、今より若い時、アメリカに留学していた時に出会い、同じ空気を吸い、卒業後はアメリカに留まる者もあれば、母国に戻る者もいた。そしてそれぞ...れの活動を続けていたが、昨年5人は再会。一緒に演奏することを始めたのだという。

音楽家と言えば、ある程度孤独を愛する人が多いと思うが(彼らもそのように自己紹介していた)、このように5人が一緒に演奏することを始めたのには、彼らを結びつける何かがあったのだろう。

演奏では、様々な曲が演奏されたが、シベリウスの「フィンランディア」が特に印象に残った。この曲が作られた1899年当時、フィンランド(当時はフィンランド大公国)は帝政ロシアの侵略と圧政に苦しめられていた。当初の曲名は「フィンランドは目覚める」。ロシアの侵略に対する抵抗と愛国心を鼓舞する曲で、帝政ロシア政府がこの曲を演奏禁止処分にしたのは有名な話だという。重苦しい序奏で始まるが、最後は「フィンランド賛歌」と名付けらえた美しい旋律で終わる。フィンランドでは、この「フィンランド賛歌」は国家に次ぐ、第二の愛国歌として歌われているそうだ。もう一度聴きたいのでCDを買いたいと思っている。

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2013年6月21日 (金)

箕面駅前にある洒落たカフェ『Cafe Mature ~カフェ マチュア〜』

阪急箕面駅の東、みのおサンプラザの近くに、今年の514日にオープンしたばかりの『Cafe Mature ~カフェ マチュア〜』という名前の洒落たお店がある。
 
“ワインと手ごねパン”がこの店の看板だ。『マチュア』とは、“成熟とか熟成”を意味する。

お店のオーナーは 山田 祥子さん。我々『みのお市民まちなみ会議』のメンバーとして活躍されている山田百合子さんの娘さんだ。今、母・娘の二人三脚でこの店を切り盛りされている。 このようなお店であるから、店の雰囲気が家庭的で、自然と癒しが感じられる。

先日の日曜日、みのお市民まちなみ会議のメンバー有志が、会議後懇談のため同店を訪れた。お友達同士であろうか数組の女性客がワイングラスを片手に、楽しく、物静かに懇談されていた。

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そもそも山田祥子さんがこのようなお店をつくることを思い立ったのは、もともとワインと相性の良いパンを作って、ゆっくりとワインを楽しむことが好きだったので、「お昼からゆっくりとワインを楽しめるお店を作りたい!!」という強い気持ちを持つ様になった。思い立ったが吉日、直ぐに準備に取り掛かった。

 
パンは自分で勉強後ライセンスを取り、希望された人に販売を始めた。またワインに関しては一か月ニュージーランドでワイナリー巡りをした後、約一年百貨店でワイン販売の仕事をしながら葡萄の種類、生産地、ワインの表現等の勉強を重ねノウハウを蓄積した。

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さて『カフェ マチュア』のメニューは次の様である:

 
手ごねパンや美味しいお料理、自家製焼き菓子、コーヒーや紅茶、ワイン、箕面地ビールなどを用意している。また平日限定で12:00~14:00迄、オトクなランチも用意している。

★ドリンクの種類:

☆ソフトドリンク:コーヒー、紅茶、フレッシュジュース、

ペリエ、ノンアルコールワイン等

☆アルコール:ワイン(白・赤・泡)、

キリンハートランドビール、箕面地ビール数

☆パン、デザート

・日替わり手ごねパン(3、4種類):

パンはバターを使わずエキストラバージンオリーブオイルを使用。

・焼き菓子はすべて自家製。ガトーショコラ、パウンド

ケーキや、オリーブの入ったトリュフチョコも自家製。  

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<Cafe Mature(カフェ マチュア)>

場所:箕面市箕面5-1-52アルコスビル2F

Tel:072-747-6428 

★定休日:月曜日

★営業時間:12002200Food LO) 

          日曜2000Food LO

bloghttp://cafemature.exblog.jp/

Facebookhttps://www.facebook.com/CafeMature

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お店の前で、山田さん 母・娘
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ワインと手ごねパン
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山田さんとお客さん
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お店の場所
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お店に備え付けの絵本
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箕面市民まちなみ会議のメンバー懇談会
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2013年6月19日 (水)

スペインにある日本人の子孫が住む町

我が家でお世話しているスペインからの留学生・マリアさん(大阪大学)から聴いた話、初めてヨーロッパに渡った日本の武士が支倉常長で、その時、一緒に渡った日本人の中で、日本に帰らず現地に留まった人たちの子孫が住む町があることを、前回記したが、今回補足して記す。

航海術も不十分な時代、危険を冒して海外に渡った人たちの話は、感動的だ。
 
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その町の名は、スペイン南西部、地中海に面した都市・セビリア近郊にある港町『コリア・デル・リオ』。そこには日本を意味する『ハポン』(Japon)という名字の人たちが1500人ほど住んでいる。今から約400年前の江戸時代の初め、仙台藩主伊達政宗が派遣した、支倉常長をトップとする慶長遣欧使節団の子孫とされる。
 
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先日614日、日本スペイン交流400周年行事の一環としてスペインを訪れている我が国の皇太子さんが、この『コリア・デル・リオ』を訪れ、『ハポン』さんの集まりに参加し、懇談した(添付の朝日新聞記事『ハポンさん熱烈歓迎』に掲載されている)。コリア・デル・リオにある「支倉常長協会」は、東日本大震災後、支援活動に奔走。支倉常長の銅像前で黙とうを呼びかけ、同町のホームページで「こちらに避難したい方には市民権を与えます」と発信したそうだ。
 
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ところで慶長遣欧使節とは?

 
今から約400年前の1613年(慶長18年)、仙台藩主伊達政宗が、仙台領内でのキリスト教布教容認と引き換えにメキシコ(当時スペイン領)との直接貿易を求めてイスパニア(スペイン)国王およびローマ教皇のもとに派遣した使節である。この背景には、この2年前の慶長16年に起こった慶長三陸地震津波によって大被害を受け、塩害により米の収穫もできず疲弊した藩経済の活路を見出そうとした伊達政宗の英断があったと言われている。

支倉常長は、宣教師ルイス・ソテロとともに、仙台藩で建造された様式帆船「サン・ファン・バウティスタ」で太平洋を横断。メキシコを経てスペインに至り国王フェリペ3世に謁見、更にローマ教皇パウロ5世に拝謁したが、徳川幕府のキリスト教弾圧などの国内事情などが足かせとなって目的を達成することができず、7年後の1620年、失意のまま帰国した。添付の写真は、支倉常長の肖像画(スペインで描かれたもの)、石巻にある帆船「サン・ファン・バウティスタ」の復元船である。

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2013年6月18日 (火)

大阪大学交換留学生Mさん

我が家では、昨年の秋から大阪大学のスペインからの交換留学生・M さんを、同大学のホームビジット制度に協力してお世話している。先日は、我が家で家内の手作り家庭料理を楽しんでもらった。食事をしながら、日本での学生生活のこと、故郷のご両親のこと、世界の色々な出来事などを話題にして懇談した。
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彼女は苦学生だ。日本での生活において、支給される奨学金では不足するのでアルバイトをしながら勉強している。8月には、1年間の留学期間を終え一旦帰国し...、スペインの母校での残りの学生生活1年が終了すれば再び日本に来たいと言っている。

というのは、スペインは現在財政問題を抱えており、若者が国内で就職するのが難しい。従って国内で仕事を探すのは諦めて、国外、出来れば大好きな日本で、日本とスペインの懸け橋的な仕事をしたいそうだ。今、日本文化や日本の美術などを専攻して学んでいるが、将来的には、そのような方面で、先生の様な仕事に就きたいという夢を持っている。彼女の願いが叶えられる様に陰ながら祈っている。
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ところで、M さんと我々が昨年初めて会った時、日本とスペインのことについて紹介し合ったことがあった。その時、彼女は「初めてヨーロッパに来た日本の武士『支倉常長』は、私の国スペインに来たのですよ! そしてその時の日本人の祖先が暮らす日本人町が今もあるのですよ!」と説明してくれたが、私はそのような町があったことに大変感激し、また驚いた。

その後、NHKのBS番組でも『支倉常長』が主題とした番組があり、そこでもそのことが紹介されていた。また先日も皇太子がスペインとの交流400周年でスペインを訪れた時、その日本人の祖先と交流したという新聞記事(6/15朝日新聞)が掲載されていたが、このことについては別途記事を改めてもう少し詳しく記したい。
添付の写真は、M さんの友達と一緒に『美々卯』で撮った写真である。
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2013年6月14日 (金)

個人情報保護法の功罪

<個人情報保護法の功罪>

町内会の親睦会というものに昨年から参加している。先日はバスで琵琶湖方面を周遊し、比叡山へ行って帰って来るという日帰りの旅行であった。ここでは旅行そのものには触れない。
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親睦会と云うのは地域のメンバーがお互いに知り合い親睦を深めるとともに、災害などの異常事態が起こった時、お互いに助け合う雰囲気を醸成するといったことに役立つものだと思っている。
ところが参加して感じたのは、名前や住所、電話などのお互いを知る情報がないために、話しの『きっかけ』をつかむことが難しく、親睦会の意味をなしていないと感じた。

このような事態になったのは、8年程目に個人情報保護法という法律が施行されてからである。年齢はともかくとして、少なくとも名前や住所などの最低限の事項が分かれば会話の糸口も見つかり、話しをするきっかけが生まれると思うのだが。...

旅行社のツアーなどで旅行する場合も同じである。昔は参加者の名簿もあり、またそれを基に自己紹介をして、お互いに親密度を高めるのに役立ったが、最近はそのようなことをしないので、最初はただ、集団で移動している『烏合の衆』である。かなりの時間が経過してようやく親しい人が少数できてくるという具合である。
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個人情報保護法が目的とするプライバシー保護が必要であることに異存がないが、行き過ぎた個人情報保護は、我が国が古来、皆が協力して、仲良くやってきた社会を崩壊させる危険性を孕んでいると思うのである。このフェイスブックだって、ある程度個人の情報を開示し、明確にすることを義務付けているからこそ、信頼性が高じて利用されるようになっているのではないかと思う。

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2013年6月12日 (水)

宝塚歌劇を観て

先日、我が人生で3度目となる宝塚歌劇を楽しんだ。所属している大阪販売士協会が35周年記念の一環として宝塚歌劇観劇会を催したものである。販売士協会というのは、日本商工会議所傘下の関連団体で、販売やマーケティングのコンサルなどを行っている集団である。

約50名の方、その多くは家族連れであり、圧倒的に若い女性が多数を占める観客の中で、オジサン、オバサンが多い我々が陣取る一角は目立った。
公演は、星組によるミュージカル『ロミオとジュリエット』で、主演は男役でロミオを演じる「柚希 礼...音」さん、娘役はジュリエット役を演じる「夢咲 ねね」さんであった。

我が国固有の歌劇と言えば、歌舞伎と宝塚歌劇であるが、宝塚歌劇は歌舞伎に劣らず我が国の文化を代表するものであると私は日頃思っている。パンチの利いた音楽と、動きの速い躍動感に満ちた踊りに魅せられた2時間余りの時間は瞬く間に過ぎ去った。

時々はこのような若い世代の元気のいい演劇を観ることは、パワーを頂けて気分だけでも若返ることができると改めて感じた。
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次世代の高画質放送計画に疑問を感じる

最近、テレビを巡る時の流れはあわただしい。
フルハイビジョンに始まり、地上デジタル放送への切替えが2年程前の2011年7月に完了(関東大震災の被災3県を除いて)、続いて3Dテレビが出現、そしてまた高精細な映像技術の開発を受け、この程我が国の総務省は次世代の高画質放送に関するスケジュールをまとめている。

それによると現行のフルハイビジョンの4倍の画素数となる『4K』は2014年、更に高画質な『8K』は2020年にそれぞれ商用サービスを本格化するという。『8K』はスーパーハイビジョンとも呼ばれる。これには2014年のサッカーワールドカップ、2016年のリオジャネイロ五輪、東京が開催を目指している2020年の五輪、などに先駆けて高画質なテレビの開発を成功させたいという想いがあるらしい。
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ここで私が疑問に思うのは、高画...質のテレビが本当に必要なのかどうかということである。見やすさとか目の健康といった観点では、今のフルハイビジョンで十分楽しめるのではないかということである。画像を専門的に扱いたいという一部の人たちにとっては必要かも知れないが、我々一般の人たちにとっては無駄なことである。

この間テレビを買ったのにまた買うの?と思われる人が多いのではないか。『3D』テレビだってそうだ。立体的な画像を見て、何が面白いのかと思ったが、案の定、需要がのびず低迷している。

資本主義の世の中、需要を喚起しなければ、メーカーの雇用も維持されず、また経済の成長にもつながらないということは理解できるが、やみくもに需要を喚起することは止め、見栄をはらず、適度な期間をもってモデルチェンジをすべきだと思うのである。これは限られた地球資源の保護にも繫がることである。

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2013年6月 8日 (土)

世界なぜそこに日本人・世界で働いている尊敬すべき日本人

世界には、日本では知られていないが、異国で懸命に働き、その社会のために尽くしている人が何と多いことかとTV番組『世界なぜそこに日本人』を見ていて思った。彼らはまさに滅私の気持ちで、異国で自分の人生をその国の人たちのために捧げているのだ。彼らのような人たちこそ表彰に値するのではないかと思った。また、現在我が国は、世界との友好関係を深めるべく首相らが世界を訪問しているが、このような人にも大使のような役目を担ってもらうことも考えられるのではないかとも思った...
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この番組は時々観るが、登場する人たちの多くは尊敬すべき人たちである。日本でスナックを経営していたが、離婚後デンマークに渡り、介護の道でデンマーク社会に貢献する女性、カンボジアで、家族を失いながらも独りで日本語教師をしてカンボジアの若者の自立を支援する女性、エベレストの麓・ネパールで、子供たちの親代わりをしながら旅館を経営する男性、等々である。

例として、最後に記した男性について詳しく述べる。その人の名は、筋田雅則さん。彼は1945年生まれ。家計を助けようと中学を卒業後、鉄道や船舶などの輸送機械を作る会社に就職。24歳で結婚し二人のお子さんがいる。職場では山岳部に所属し、25歳でヒマラヤへ、荘厳な山々に魅せられた。以来、ヒマラヤ登山に没頭、毎年3~4回ネパールへ向った。筋田さんが登山をやりながら感じたのは、現地の人たちの貧しい生活だった。そんな彼らにとって唯一の現金収入は登山客の荷物を運ぶポーターの仕事。30kgもの重い荷物を朝から晩まで担ぎ、歩きっぱなしで、その報酬は極わずか。

筋田さんの胸にこみ上げる思いが募った。自分がヒマラヤに魅せられ、充実した人生を送ることが出来たのは彼らのお蔭だ。何か恩返ししたい。そこで筋田さんは、先ず彼らの中で特に貧しく学校にも行けない4人(女の子二人、男の子二人)の子供たちの親を説得。高校に通える距離に旅館を建て、そこに住まわせ、手伝いをさせながら高校へ通わせた。
それと併行してネパールに38もの学校を建設し、学校に通う子供を増やし続けた。
番組では、日本語も流暢な子供たちが筋田さんのことを『お父さん』と呼んで慕っている姿が印象的であった。一番上の長女は、将来ネパールと日本との懸け橋的な仕事をしたいと熱い思いを語っていた。因みに筋田さんの日本にいるご家族は皆、筋田さんのことを理解し、あたたかく見守ってくれているそうだ。
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医者に望まれること

高校時代の友人から先日突然電話がかかって来た。今ある歯医者さんのところで診てもらっているが、どうも信用できないので、君どこか良い歯医者さんを知らないか、知っておれば紹介してくれないかということだった。

話を聞くとこの歳でまだ「親知らず」が抜かずにあり、そこが虫歯になっているという。歯医者さんにどうすれば良いかと聞くと、これには抜歯する方法と抜歯しないで適当な処置を施す方法とがあるが、どちらにしますかと、逆に質問されたというのだ。友人は歯医者さんの方で自信をもって、このようにすべきだと言ってくれることを期待していたが、そうでないので不安に思ったということである。

結局、たまたま家内の知りあいを通じて適当な歯医者さんがあったので友人に紹介してあげたが、歯医者に限らず、お医者さんというのは、患者に対して自分の見解を明確に述べるべきだと思った。そして自分では経験がなくわからない場合や専門外で自信がない場合、あるいはその治療をするのに適当な設備がない等の場合には、他にこのような適当な医院があるのでそちらに行って欲しいなどと謙虚に述べることが、患者に愛される医者になるために必要なことではないかと私は思った。

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2013年6月 4日 (火)

悲劇の女性・細川ガラシャのこと

先日学生時代の友人3人と一緒に、大阪の上町台地を難波宮跡から四天王寺に向って散策しました。難波宮跡の東隣にある玉造近辺は、古墳時代、勾玉などを製作する玉作部が置かれていたと言わ

れています。この辺りには二人の悲劇の人物にまつわる史跡が残っています。一人は細川ガラシャ、もう一人は真田幸村です。

細川ガラシャは明智光秀の娘玉で、キリシタンとなり洗礼名はガラシャです。聖マリア大聖堂入口には細川ガラシャと高山右近の像が立っており、聖堂内には聖母マリア、細川ガラシャ、高山右近の肖像画が飾られていました。

また聖堂の近くに『越中井』がありました。ここは細川越中守忠興の屋敷があった所で、その屋敷内にあった井戸です。関ケ原の戦いの前、石田光成が諸大名の妻子を人質...として大坂城に移そうとしましたが、ガラシャはこれを拒み、家臣に自らの胸を突かせ亡くなりました。その時、彼女は次の辞世の句を残していますが、その歌碑が立っていました。

「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
死を前にして、自分の運命を花にたとえ、この世を去っていく無念の気持ちを詠ったのではないかと解釈しました。いい歌です。

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滝前での結婚式

大阪・箕面の大滝の前で、6月1日(土曜日)の朝、『滝前式』という“箕面の大滝を舞台とし
た珍しい結婚式”が行われました。
結婚式を企画し主催したのは、箕面の山を美化する活動を行っているボランティア団体「箕面の山パトロール隊」です。このグループの主な活動は、ハイキングをしながら山に捨てられたゴミの掃除をすることです。ゴミの中には、不心得者が山に捨て去った産業廃棄物などの大きなゴミも含まれます。

... 今回結婚されたお二人は、その「箕面の山パトロール隊」に所属し、隊の活動の中で愛を育み、この度、めでたくご結婚されました。

結婚式といっても、ささやかな祝宴で、仲人などはいなく司会者と仲間だけで式が運営されました。滝の前に赤い絨毯が敷かれ、箕面の「ゆるきゃら」『たきのみちゆずる』が新婦をエスコートして入場、仲間や観光客からの花の贈呈、新郎新婦の誓いの言葉交換、アコーディオン奏者とオペラ歌手による祝福の音楽演奏、最後は全員での記念撮影で終わりました。
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このような自然の中での、質素でお金をかけない、ささやかな祝宴もなかなかよいものだと思いました。またこのようなボランティア活動を通じた男女の出会いを微笑ましく感じました。
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2013年6月 3日 (月)

真田幸村の史跡を訪ねて

前回の大坂・上町台地散策記事で、難波宮跡の東隣にある玉造近辺には二人の悲劇の人物にまつわる史跡が残っていることを述べ、細川ガラシャについての話をしましたが、今回は真田幸村についての話です。

最初の写真は三光神社にある『真田の抜け穴』と呼ばれる遺構です。この辺りは大坂城の出城・真田出丸があり、大阪冬の陣の際、幸村が大阪城中からここまで掘ったと言われるものです。二枚目の写真は大阪夏の陣の際、真田幸村が戦死した安居神社にある戦没碑です。これは四天王寺近く、天王寺七坂のひとつ天神坂の丘の上にあります。後は、大坂夏の陣の写真と散策した近辺の地図です。
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関ヶ原の戦いで...家康を追いつめた勇猛な名将として語り継がれた真田幸村は、戦国時代最後の武将と言われていますが、その奮戦ぶりは東軍からも『真田日本一の兵(つわもの)』と称賛され、徳川幕府側も真田の名将ぶりの流布を、敢えて禁じることはなかったと言われています。家康と徳川幕府も武士道に基づく尊意を感じたのでしよう。幸村は後世、『真田三代記』や『猿飛佐助(立川文庫)』による真田十勇士の伝説などでも有名となりました。

私などは関東、関西の両方に居住したので、それ程でもありませんが、関西特に大阪では、今でも幸村人気は相変わらずです。かつて阪神の投手として活躍したあの江夏豊さんが、巨人・阪神戦ともなると関ケ原の戦いの再現だと意気込んで試合に臨んだと言われていましたが、幸村人気はこの様な関西人としての郷土愛に満ちた人たちに支えられて来たのだと思いました。
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さて真田幸村は、関ケ原の戦いには父・昌幸とともに西軍に加わり、信濃・上田城を死守。このため徳川秀忠軍は攻めあぐみ、関ケ原への到着が遅れたと言われています。戦いは西軍が敗れ、本来ならば敗軍の将として死罪に処せられるところでしたが、東軍についた兄・信之の嘆願で紀伊国九度山に配流を命じられるのみに留まりました(幸村33歳)。

真田幸村の武名を天下に知らしめたのは、その後の大阪冬の陣、夏の陣です。幸村は慶長19年、豊臣秀頼に招かれて大坂に入城、大坂冬の陣では、城の南東の玉造口外に真田丸という出丸を築いて空堀をめぐらせ、関東軍を悩ませました。その時、徳川家康から寝返るよう説得されたと言われていますが、豊臣家への忠誠を貫き通しました。
翌年の大坂夏の陣では、茶臼山に布陣し、家康の本陣へ突撃して家康を危機に陥れましたが(この時、家康は自害を覚悟したという)、最終的には兵力で勝る徳川軍に追い詰められ、ついに四天王寺近くの安居神社で戦死しました(享年48歳)。その奮戦ぶりは東軍から『真田本の兵(つわもの)』と称賛されたそうです。
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