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2013年7月 9日 (火)

わび、さびについて(2/2)

日本の文化として話題になるものに能や文楽歌舞伎、茶道、茶道などがあり、その精神の基となっているのが「わび、さび」である。前回、国学者・中西進氏の説明で「わび」について記した。今回引き続いて「さび」についての説明を紹介します。
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武士が質疑の応答の際使われていた「然り」という言葉。「さ」とは「しか(然)」が約(つづ)まったものである。 だから“ いかにも本来の姿らしい”ということが「さぶ」である。たとえば...老人がいかにも老人らしいことを「翁さぶ」といい、現代でも神々(こうごう)しいことを「神(かん)さびているという。鉄の場合、鉄が酸に弱い本性そのままに「さび」ていれば、それこそ鉄らしく、それが錆なのである。

また日本人は、万事自然を尊ぶ精神が強い。だから神社建築などの建物も白木=素木(しらき)を材料とすることが多く、けばけばしくペンキを塗らない。

このように「さびている」ことは、何のプラスもない、その物の姿だから「さびしい」という感情も孤独感に他ならない。

「さびしさに 宿をたち出でて 眺むれば いづこも同じ 秋の夕暮」((良暹法師、後拾遺集)という歌がある。「孤独にさいなまれて外の景色を見ると、全て孤独な秋の夕暮だった」というのだから、景色すら秋の夕暮「さびて」、何の援軍もなかった、と詠むのである。身も景も一色。ここに究極の秋の夕暮があるとは、「さび」の典型といえる。

何の甘えもない峻烈な孤独。それが「さび」である。こんな美を愛でてきたのが日本人である。従ってこの美の誕生の背景に、先に記した「わび」と同じ歴史があることが分かる。同じ死の美学といってもよいだろう。
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以上、2回に分けて国学者・中西進さんの「わび、さび」の説明を紹介しました。以上の紹介文は、できるだけ原著に忠実に記しましたが、私自身の理解のために若干表現を変えたところもあります。その出処は「情に生きる日本人 中西進著 ウエッジ社」で、今年4月に出版されたものです。興味のある方はご覧下さい。
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