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2013年9月24日 (火)

渡来文化に触れる!

先週、京都の中の渡来文化遺跡をめぐるツアーがあり参加しました。案内は、歴史家の井上満郎先生。京都は、平安時代から続く日本の歴史と文化を継承する伝統の町ですが、一方で古くから外国との交流もあり、秦氏や漢氏など、古代朝鮮から渡来した人々ゆかりの寺社仏閣や史跡が多い。先生の説明をお聴きして、日本文化に対する渡来人の影響が、思っていた以上に大きいことに驚かされました。以下に、訪問した寺社仏閣のひとつである伏見稲荷大社について記します。
伏見稲荷大社を訪れたのは、初めてですが、観光客、...特に外国人が多いのには驚きました。日本を訪れたら最初に行くべきはこの稲荷大社であるとガイドブックに書いてあるのでしようか?
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伏見稲荷大社は、商売繁盛の神様として全国に知られていますが、商売の神になったのは、江戸時代以後のことで、元々は農業の神でした。『イナリ』は、『イネ・ナリ』が約(つづ)まって『イナリ』になったもので、稲がなる、実るという意味です。伏見稲荷社は、渡来人の秦氏(秦伊呂具)が8世紀の初めに、稲荷山を御神体とする信仰を背景に、創建した社であり、全国の稲荷社の総本社です。そしてこの神社の社家は、代々秦氏によって受け継がれて来ました。

ところで、秦氏という渡来人の渡来よりも先に、すでにこの地域では農業生産が行われており、農業神としての稲荷の神も、存在していました。そこへ秦氏の一族集団が新しい先進的な土木・灌漑技術をもたらし、飛躍的に生産力を高めました。その結果、秦氏は多くの収穫を我が財産とすることに成功し、地域生活の中心集団となり、そしてそこに祀られていた稲荷の神を、秦氏一族も取り込んで氏神として祀るようになった、ということです。ここで重要なのは渡来して来た秦氏たちが、すでにそこに祀られていた神を排除せずに自分たちの信仰をそれに重ね、取り入れたということです。
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日本における寺社の創建は、渡来人によるものも含めて、全て元々ある地元の神を崇めた上で、新しい寺社を創建するという、共存のスタイルが採られて来たことが伏見稲荷大社においても然り、ということが分かりました。日本は、中国や韓国あるいは西欧に比べて、比較的争いが著しく少なかったということです。
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