« 丹波篠山を訪れる | トップページ | 司馬遼太郎・最後の長編小説「韃靼疾風録」を読んで »

2013年10月 8日 (火)

日本・ベトナム共同制作ドラマを観て・両国の友好のために

静岡県袋井市、遠州灘の近くに常林寺という大きくはないが清楚な寺院があり、ここに、浅羽佐喜太郎公記念碑という碑が、訪れる人も少なく静かに立っている。この碑は、今から約100年前の大正7年、ベトナム人の潘偑珠(ファン・ボイ・チャウ)が、浅羽佐喜太郎の恩に報いるべく建てたものである。

ファン・ボイ・チャウはフランスの植民地下で圧政に苦しんでいたベトナムの独立運動に生涯を捧げた人で、今でもベトナムでは多くの人々の尊敬を集めている。ファンの校名を持つ学校も建てられている。一方浅羽佐...
喜太郎は、開業医で、ファンが1905年日本に渡航して明治政府に独立運動への支援を求めた時、彼を精神的、経済的に支え、大隈重信や犬養穀とのコネがあったことにより、ファンと大隈らの間を取り持つなど尽力した人である。

しかし1907年、日本政府は、フランスと日仏協約を締結するに至り、ファンを見捨てた。国外退去になったファンは身を隠しながら、中国、ベトナムなどで独立運動に奔走する。彼はこの潜伏活動の最中、佐喜太郎の訃報を聞く。そして1917年、危険を賭して日本に密入国し、地元の人たちの協力も得て、佐喜太郎への感謝の意を込めてこの碑を建てた。
============================
先日、2013年9月29日は、日本とベトナムが国交を樹立してから、丁度40周年に当たり、上記の史実に基づいた、日本・ベトナムのテレビ局が共同で製作したドラマ「パートナー」が放映された。大変感動的な優れたドラマであった。ベトナムは日本とよく似た国民性を有する国で、私も大好きな国である。両国は、今後ともこのようなドラマの共同制作などを含めて、様々な分野で友好関係を深めたいものだと思った。

以下に添付したのは、浅羽佐喜太郎公記念碑と浅羽佐喜太郎氏及びファン・ボイ・チャウ氏の写真である(袋井市会議員 寺田守氏のHPより借用)。

 
(東浅羽村の人々との写真、
下段の右から2人目がファン・ボイ・チャウ氏)
Sabapic01

Image2




|

« 丹波篠山を訪れる | トップページ | 司馬遼太郎・最後の長編小説「韃靼疾風録」を読んで »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日本・ベトナム共同制作ドラマを観て・両国の友好のために:

« 丹波篠山を訪れる | トップページ | 司馬遼太郎・最後の長編小説「韃靼疾風録」を読んで »