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2014年5月24日 (土)

大飯原発の運転差し止め判決に思う

科学の進歩は人類に幸せをもたらすとは限らない。科学や経済を志す人は、科学が不幸をもたらすかも知れないという危険性をも十分考えて行動することが求められる。
すなわち、科学の前には、まず哲学が存在しなければならない。人間はどのように生きていくべきか、人間の幸せとは何か、人間は社会の中でどのように行動しなければならないか、 等々。

人類が発明した最大の負の遺産、原子力。このような人間自身がコントロールできない技術を生み出したことは大きな間違いであった。それ故、原子力は廃絶される方向に向かうべきというのが普通の人間が考えることではないのか。

大飯原発の運転差し止めを命じる判決が福井地裁によって下された。関電という企業経営におけるコスト削減という問題は、人間の生きる権利の前には、限りなく小さい。(もっとも関電で働いている人々の雇用という問題を無視できないが)。

判決にもある「原発の運転停止によって生じる貿易赤字は、国富の流失や喪失というべきでなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富である」という文言は輝いて見える。

小泉純一郎元首相は、今回の地裁判決を常識的判決と受け止め、細川さんが都知事選に立候補したことで、差し止め判決を出しても左翼の裁判官を云われなくなったことが大きいのではないかと述べている。原子力問題には左翼も右翼もないとは思うが。

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