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2014年7月

2014年7月31日 (木)

箕面祭りのパレードを楽しむ

恒例の箕面祭が行われました。今年で29回目を迎えました。最後を締めくくるのはやはりパレードです。昼過ぎには一雨降りましたが、パレード開始の4時半頃には晴れあがり、雨が降ったせいか少し凌ぎやすく感じました。

箕面市役所から箕面駅に続く沿道には老若男女、大勢の人が立ち並び、パレードを楽しんでいました。5月頃から入院した姉の病が悪化する中で、私も家内共々案じながら、今回は一人で、毎年パレードを見物して写真を撮るのをルーチンワークとして楽しんで来たので今回も...止めるわけにはいかないと自分に言い聞かせて、今年も出かけました。

パレードには40グループもの大勢の人たちが参加しました。大阪府警や伊丹駐在陸上自衛隊の皆さん、ガンバ大阪の皆さん、市立中学校吹奏楽部の皆さん、また若くて華やかな箕面自由学園チアガールや梅花学園バトントワリングの皆さん、そしてよさこい踊りの皆さん、等々によるパレードを楽しみました。

特に私が大好きなよさこい踊りには今回5グループが参加しており、若さに溢れたダイナミックな踊りには毎年のことながら魅了されると共に元気を頂きました。また、近くの芦原公園では沢山の出店が出ていたので、焼き鳥店で焼き鳥とビールを飲みながらの見物でした。
やはり祭りはいいものです。地域の人々の間の絆を維持するためにも、祭りというイベントの大切さを今年も改めて感じた次第です。

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2014年7月24日 (木)

中国企業について思うこと

先日、NHKの番組で、中国の大手会社経営者が稲盛和夫氏を招いて、日本経営に学ぼうという趣旨でセミナーを開催している様子が放映されていた。大きな会場に溢れんばかりの企業人が稲森氏の講演に聴き入っていた。現在の極度に悪化しつつある日中関係の最中にしては奇妙な出来事の様に思われた。

このセミナーが企画されたのは、中国の会社経営者が欧米の合理主義に基づく経営、たとえば、成果主義などを採り入れた経営に限界を感じ、日本的な経営に目を向け、その代表的な経営者の一人である稲森氏が説く家族主義的な経営に魅力を感じたということらしい(注:同氏が提唱する経営はアメーバ―経営と言われている)。

中国の経営者が日本的経営の良さに興味を示したくれたことは嬉しいことではあるが、果たして、稲森氏の講演を聴いたことによって企業を再生できるであろうか? ―― 答えは、多分に困難と言わざるを得...ない。
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「黒い猫でも、白い猫でも、鼠を捕るのが良い猫だ」というのは、故・鄧小平の有名な言葉である。この言葉は文化大革命期に「主義と方針を持たない実用主義的観点」として毛沢東から批判され、鄧小平失脚の理由とされたものであるが、その後復活した鄧小平と共に蘇り、理想的な共産主義とは全く異質な独占的国家資本主義を生み出した。

「言論の自由は認めないが、金を儲けることについては何も文句を言わない。どんな手段でもよい」という中国政府の方針は、現在の中国の好ましからざる風潮、即ち、なりふり構わない拝金主義を生み出した。

先日も、米食材卸大手OSIグループの傘下にある上海の福喜食品が、賞味期限切れの鶏肉と牛肉を販売していたとして当局が調査している事件が発生している。中国企業の社会倫理感の欠如を露呈したような事件である。
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結論を急がせて頂く。日本的経営を取り込んだだけでは上手くいかない。経営者が金儲けを起業の第一目的としている様な企業は、日本においてもそうであるように淘汰される。社会の役に立ちたいということを第一の目的とするような企業でなければ永続しない。
また、働き手の方も我が国のように、当事者意識をもって、自主的に働く人々がいなければ上手くいかない。共産党独裁政権下で一部の富裕層が全てを取り仕切っている世の中では、このような人材の養成は難しいのではないかと思うのである。

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2014年7月10日 (木)

スズメのお話

最近、チュンチュンと鳴くスズメの声を聴くことが少なくなって来たと思っていたが、事実そうであるらしい。知人から聞いた話を基に述べたい。

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最近、スズメの巣作り難と餌不足からスズメの数が減少傾向にあり、これを反映してこの20年間で農家の被害(意識調査)は1/10に減少し、駆除・捕獲数も1/10以下に激減したという。 スズメには害虫等を食べてくれる益鳥の面と、作物を荒らす害鳥の面があり、昔か ら愛鳥家と被害者のせめぎ合いがあった。

清少納言が「心ときめきするもの 雀の子飼い」(枕草子)といって愛でたり、一茶の句にも詠まれたりして、愛らしい存在であったが、他方で籾を好むため米作農家にとっては大敵であった(鳥類による作物被害の1/2がスズメによるものらしい)。
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スズメの巣作り難というのは、巣というのは宿ではなく産卵のためだが、家屋などの屋根が、瓦以外のものに変わったり、瓦でも隙間のない瓦に変わったりして、住宅の密閉度があがり巣をつくるスペースが少なくなって来ていることによる。それで最近では電柱の腕金などを産卵の場所に選んだりすることが多くなって来ているらしい。 また、スズメの餌不足というのは、最近は都市近郊では水田上方に網や糸を張って防護したり、稲の取り入れもコンバイン化してスズメが籾にありつける機会そのものがなくなって来ていることなどによる。

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我々人間はきまぐれな生き物だといえる。あれほど害鳥視して来たスズメを最近、危険視する意識が少なくなってきたので、人間に近づくスズメが増えて来ているという。スズメがいなくなるというのも淋しいことである。人間とスズメとの共生とは興味深い課題であるが、何とかスズメと人間が仲良く共存して生きて行くことが望ましいと思う。

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ところで余談であるが、スズメの産卵は4月~8月で、20個程度産むが、最後に産んだ卵を「止め卵」として薄色のものを産む。「止め卵」のあと抱卵を始めるが、それまで先に産んだ卵は休眠状態で孵化時期がバラつかないようになっているという。自然の摂理の不思議さを感じる。そして、その生存率は、孵化時60%、巣立時50%、翌年まで生存10%ということで、孵化も大変だが、巣立ち後の越冬は子スズメにとって大変な試練であるらしい。
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2014年7月 7日 (月)

過去の歴史を振り返って現在の政局を考える

歴史を振り振り返って、現在の世の中を見てみるのも面白い。織田信長、明智光秀、豊臣秀吉、徳川家康が生きていた時代と現在の政局を比較してみようと思った!

まず織田信長。独裁的で短気で、自分の気に入らないことであれば我儘を通す。民衆のことをどれ程考えていたかは疑問である。次に本能寺の変で信長の野望を打ち砕いた明智光秀。正義感に溢れ、信長よりは弱者や民衆思いの理解のある人物であったと想定される。
そして豊臣秀吉。信長に寄り添い盲従する権力者であり、晩年は自分の意見と異なるとなると、たとえ一族であったとしても非情で残虐に振舞った。最後に徳川家康。若干狡猾であるが、我慢を信条として、ものごとを為すに慎重で、ある程度民衆のための政治を行なった。
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彼らを現代の自民党の政治家にあてはめて見よう。織田信長は安部首相に相当...するだろう。これに異議を唱え、意見を献上する明智光秀のような人物はなきに等しい。豊臣秀吉は、安部首相におとなしく寄り添い、異議を唱えず、ただただ金目のため、大臣のポストへの執着のため、じっとしている面々に相当する。この中には徳川家康のように、今は何もしないけれども、安部政権には批判的で、将来のことをよく考えている者もいるかも知れない。
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短命に終わった織田政権や秀吉政権がそのまま続いていればどのようになっていたであろうかと想像する。領土拡大という野望をもっていた彼ら二人は、中国の明、李朝・朝鮮を侵略しようと試みるが、最終的には巨大な中国の人海戦術に負け、逆に我が国が侵略されることとなり、建国以来、飛鳥、平安、鎌倉、室町時代を経て築き上げてきた我が国独自の誇るべき素晴らしき日本文化は壊滅。言うまでもなく、その後に続いた江戸時代はなく、鎖国政策によって育まれ、現在我々がその延長として享受している素晴らしき江戸文化も存在しなかったであろう。

もしそうであったならば、現在の「もののあわれ」や「詫びさび」といった日本文化は存在せず、いやそれ以上に惨めな状態、たとえば韓国と共に中国の属国となって、チベットやウイグルのような状態になっていたこともあり得るかも知れない。そのように思うと現代の我々はとても幸せだと思うのである。
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このようなわけで、これから先、明智光秀や徳川家康のような気概のある人物が現れて、我が国の国民が、戦争を回避して平和主義の下で、幸せに暮らせるような世の中にして欲しいと思うのである。

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2014年7月 5日 (土)

第二作目のものづくりに関する著述

第二作目の著作(概要:ものづくりに関する歴史的・文化的考察)を始めたところであるが、しかし書き始めはなかなか筆がはかどらない。しかし書き始めると少しずつ加速がついてくる。私など文筆家でない、全くの素人がものを書く場合、随想や感想文などの短い文章を書く時でさえ、書き始めの時点で、筆がはかどらないので悩む。

まず、頭の中で書く内容のイメージをつくることは必要であるが、やはり実際に書き始めないと次のイメージが浮かばないものだ。書いたものを見て、それからまた次のイメージが浮かぶというのは凡人でなくても、偉大な作家や俳人でも、程度の差こそあれ同じらしい。

夏目漱石や松尾芭蕉、更には司馬遼太郎などの原稿を見ても、内容の修正、言葉の表現の修正、前後の入替えなど、推敲に推敲を重ねている様子が窺える、それもかなりの時間をかけているようだ。このような専門家でも書くことに苦労しているのだと思うと気持ちも楽になる。

ところで、本を出版するにしても出版を引き受けてくれるところがあるのかと案じていたが、先日タイミングよく声をかけてくれた小さな出版社があったので、お願いすることにした。

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2014年7月 1日 (火)

「公明党は平和の党」というイメージは翳り始めた

国民全体からすれば僅か20%に満たない支持率しかない安部政権。あたかも国民全体の意見を代弁するかのように憲法解釈による集団的自衛権の推進に突っ走る。 戦争が起こった場合、我が国が巻き込まれる危険性が増す。

かつての自民党には後藤田さんにように、うぶな首相に睨みを利かせる良識のある人物がいた。今は「長いものには巻かれよ」といった人ばかり。頼りにしていた公明党も下部組織の不平・不満をよそに、政権に寄り添う。平和の党のイメージが翳りつつある。

我が国の運命を決める重大なことは、正々堂々と憲法改正をすることで、政策の是非を国民に問わなければならないと思うのだか。

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