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2015年6月18日 (木)

宮大工を育てる会社・鵤工舎

<宮大工を育てる会社・鵤工舎>
昨日、取材のため奈良県・斑鳩町にある鵤工舎(いかるがこうしゃ)を訪ねた。鵤工舎は、法隆寺の宮大工・故西岡常一棟梁の弟子小川三夫氏が、寺社建築技法を後世に伝えるため、斑鳩の里に創業した会社である。本社は小川氏の故郷・栃木県にあるが、ここ斑鳩町にあるのは支社である。

法隆寺駅からタクシーで約10分、昔、聖徳太子が活躍したことが偲ばれる森や田畑に覆われた自然のなかに同社はあった。直ぐ近くに法輪寺が望まれる。工匠の前田氏に案内して頂いた。前田氏が入社した時、西岡氏はまだご健在であったという。
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小川氏は、現在を担う斑鳩の里の宮大工であり、西岡棟梁のただ一人の内弟子であった。西岡と違い代々の宮大工の家の子でなく、父は銀行員だった。高校の修学旅行で法隆寺の五重塔を見て感激し、自分もこんな塔を造ってみたいと思ったのが、この道に入るきっかけだった。以来、小川氏は徒弟制度の下で、西岡氏より技術を学び、法輪寺を始めとして数々の寺院建設に係ってきた。

そして今、西岡氏から学んだ方法で、自分の弟子たちに手の記憶を伝えている。今、彼の下に40人ばかりの若者がいる(このうち、幾人かは女性だ)。彼らは一緒に食事をし、同じ仕事場に立ち、自分のできることをしながら、仕事を学んでいく。彼ら若者たちの中から幾人かの棟梁が生まれてくるのだろう。

現場を見せて頂いて、日本古来の建築を支えてきた宮大工さんの仕事の一端を垣間見ることができ、興味深く感じた。事務所にビートたけしさんと、小川氏、そして案内して頂いた前田氏が写った写真が飾られていた。たけしさんは匠の技?とかいう番組の取材で来られたのであろう。
近くには、小川氏が棟梁として建てられた法輪寺があった。法輪寺は622年、聖徳太子の息子・山背大兄王が太子の病気平癒を願って建立した寺である。
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因みに、宮大工さんの真髄は、小川氏の著書「木のいのち・木のこころ」に記された次の言葉から窺い知ることができる。「大工は手の仕事です。頭で考えるだけでは建物を造ることができません。・・・千三百年も前の姿をそのまま残す法隆寺や薬師寺の建物は、職人たちから職人たちへの手による記憶によって引き継がれてきたのです。この手による記憶は、この後いかに科学が進んでも、言葉にも数式にもよらず、やはり人間の体を使ってしみこませた記憶や勘によってしか伝えられないでしよう。そしてそれを実践していくのは、私たち大工です」

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