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2015年7月

2015年7月31日 (金)

今年の祇園祭

今年の祇園祭。中国からの女子留学生Tさんのリクエストにより、家内と共に参加しました。しかし、7月17日の前祭・山鉾巡行は台風による雨のため断念(祭自体は行われました)、7月24日の後祭・山鉾巡行の方へ行って来ました。

当日は、台風も去り、好天に恵まれましたが暑い一日でした。後祭の方は10基の山鉾と小規模でしたが充分楽しめました。祭を見学後、金閣寺、竜安寺、錦市場と廻り、彼女は大変印象深かったと喜んでくれました。日本的な竜安寺の雰囲気は特に気に入ったとのこと。最後の錦市場も、小奇麗な店が並んだ雰囲気に大変興味を感じ楽しんでもらったようです。

ところで彼女の日本滞在は半年で、間もなく8月初めには帰国の途へ。当日が最後の出会いでした。淋しい思いです。 最初の写真の左下で、スマホをかざしているのが彼女です。

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「だとすれば遺憾」でいつも逃げを打ち

(川柳撰)

「だとすれば遺憾」でいつも逃げを打ち (千葉県 M.Mさん作)

都合が悪くなると、はぐらかし、正直さに欠ける某国の首相。...
首相として、いや政治家としての資格ありや。
我が国の運命は、このようなレベルの人間に委ねられし。
国民一人ひとり、何事も疑問をもって考えるべき時が来た。

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2015年7月24日 (金)

リヤカーを引き徒歩で日本一周の旅人・鈴木康吉さん、その後の現況(5)

前回に続き、鈴木康吉さんの中学生時代の友人である女性「U・Kさん」からの5回目のレポートを下記に記します。

今回は、626日(様似~襟裳岬)~7月20日(紋別~沢木)までの記録です。

レポートの最後に記されていますように、鈴木さんは、地元の人達の温かい物心両面に渡る励ましに加えて、郷里の仲間達が折りにつけ声をかけてくれる。出発した時はほんの小さな一つの点だったが、いつの間にか応援サポーターが線で結ばれ、今や面になって来た。心強い。絆とはこんなのを言うのかと感想を述べられています。

鈴木さんの更なる旅の、安全、成功をお祈りします。

 前回の記事は⇒ここをクリック

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6月26日(様似~襟裳岬)

酷使し続けたリヤカーのタイヤを、前泊した様似の民宿駅前で交換。今日は襟裳岬を目指す。悠々と楽しく歩けたのは長い幌満トンネルまで。えりも役場を過ぎた辺から天気が急変。雲が出てきて強い向かい風。生半可な風ではない。

リヤカーを押せども進まない。今日は襟裳までは無理かと思ったほど。♪襟裳の春は何もない春です♪の通り、高い樹木はなくクマザサが地面を覆っている。日高山脈から吹き付ける風が今日の敵だったよう。午後5時やっとの事で宿に着く。

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6月27日(襟裳岬~広尾町)

台風のような風を後に百人浜、黄金道路、3つ目のトンネルは5㌔と長い。冷たい風雨で腹痛。どうにか7軒目でトイレを借用、助かったあ。おばあさんが熱いお茶を出してくれた。出掛けに、食べながら歩けって乾燥昆布を持たせてくれた。涙が出るほど、、、うれしい事よのー。

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6月28日(広尾町~忠類)

豊似から忠類へ。途中放牧された牛が見える。声を掛けると寄ってくる。挨拶代わりに「モーオー」と一言。こちらを見た牛達の後ろから「おぉー」と人間の声。びっくりしたあ!牧場主が「牛乳でも飲んでけ」。その一言にすっかり甘えて、お昼までお世話になり、牛の健康診断風景を見学。

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6月30日(豊頃~上厚内)

根室本線上厚内駅で野宿。昔懐かしい古い駅舎。今にも健さんが出て来そうな駅。駅に置いてあったノートに「一晩お世話になりました。ありがとう」と記す。

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7月4日(尾幌~茶内)

茶内駅で野宿。朝方差し入れでもらったホッカイシマエビを食べ終わった頃、突然スマホの先生の「ウーさん」バイクで登場。大間のフェリー以来の再会。ウーさんが、ケイタイかけてもかけても繋がらなかったらしい。康吉君のスマホが無過失の「機内モード」!広い北海道でよーく探し当ててくれたもんだと思う。夜も更けるのも忘れて飲み会は盛り上がったことでしょう。

霧多布で見られなかった丹頂鶴が根室の風蓮湖で見られた。霧の納沙布岬までは空身でバス利用。時折カッコーの声を聞きながら厚床へ、広大な草地が広がる牧歌的なR243で別海町へ。

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7月9日(奥行臼駅逓所付近~野付半島付近白鳥台)

雲遊ぶ広い青空、伊能忠敬測量最東端記念柱訪問。国道を隔てて樹齢120年の一本松、風雪に耐えた姿に心奪われる。

野付半島、標津町、崎無異、羅臼町、いよいよ明日は知床峠だ。

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7月13日(羅臼峰の湯~ウトロ)

前夜泊った宿から聞いたからとトラックが追いかけて来た。「峠へ送りますか?リヤカーで行くのは大変だろう。リヤカーはウィンチで荷台に載せ、車に乗って行かんか?」と声をかけられた。「歩いて」とリヤカーの看板に書いてある手前、有難いが歩いて行くと丁重にお断りをした。まだ甘えちゃいかんとも思った。4:30にウトロのホテルに着いた。

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7月14日(ウトロ~斜里町)

斜里町へ、ピーカンの日。昨夜バリカンで刈った頭の皮がじりじり、灼けるぅうう!

大府を出て初めて自販機でCCレモンを2本買った。一気に飲み干した。リヤカーの水はぬるくて飲めなかった。

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7月16日(網走~常呂)

博物館網走監獄は入場時間より一時間早く着き、待てずに未練を残したまま。
「しあわせの黄色いハンカチ」で健さんが監獄から現れ、深々と頭を下げたあの鉄の大きな扉が見たかったぁのー。残念!途中国道を外れて、能取湖の歩きやすい自転車道路へ。大阪から来たという鶴浦君に出会った。「やっぱり歩いてたんだー」と感激してくれた。

能取湖の厚岸草(サンゴ草)、秋には湖面を深紅に染めるだろう。

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7月20日(紋別~沢木)

出発して121日目、紋別からオホーツクラインR238をオムサロ台地竪穴郡を見学、興部(オコッペ)からオホーツク温泉ホテル日の出岬に着く。夕日を見送り、明日は朝日を迎えよう。

宗谷岬まで予定ではあと6日かな?順調です。数え切れないほどの地元の人達の温かい物心両面に渡る励ましに加えて、郷里(くに)の仲間達が折りにつけ声をかけてくれる。出発した時はほんの小さな一つの点だったが、いつの間にか応援サポーターが線で結ばれ、今や面になってる。心強い、、、絆とはこんなのを言うのかのー。フレーフレー康吉君!!!

(記:U・K)

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最初の写真は、野宿風景。
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番目の写真は雄武(おうむ)町幌内、オホーツク海岸(7/21

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2015年7月23日 (木)

エストロラボ・女性による細穴放電加工会社

昨日、東大阪・荒本にある「エストロラボ」という会社を訪問させて頂いた。同社は、女性だけでスタートした“ものづくり会社”で知られており、テレビ番組・ガイアの夜明けでも紹介された。私もこの番組を観て、是非いつかは訪問したいと思っていたが、三元ラセン管工業の高嶋さんのご紹介もあり、それが実現できて嬉しく思う。

同社の社長は、東山香子さん。現在、東山さんを含め社員7人(他にアルバイト)の小さな会社である。入口を入るや否や、元気な挨拶で迎えられた。皆で協力して明るく働いている雰囲気がすぐさま伝わって来た。
同社の創業は2006年3月。屋号『細穴屋』の名の通り、放電加工により金属に微細な穴を空けることを仕事とされている。用途はプリント基板などに使用される半導体を運ぶノズルの穴空けなど、他方面にわたる。

エストロラボという社名は、東山さんが以前、アルバイトとして勤めていた会社の社長名、東(イタリア語でエストと言う)とエストロゲン(女性ホルモンの名前)との二つを併せもった意味だそうである。
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東山さんは高校生の頃から、何か世の中に役立つことをしたいという思いを抱き、NGOやNPOの立ち上げを目指したこともある。青年海外協力隊にも応募し合格したが、訓練期間中に体調を崩し挫折。その時、手に職をつけようと職場を転々とする中で、金属加工会社でアルバイトをする機会があった。

創業のきっかけは、ある時、そのアルバイト先の社長さんから、女性だけで金属加工の会社を立ち上げれば話題になりそうだし、業界にも風穴を空けることができるのではないか、やって見ないかとの提案があったからである。当時、東山さんも金属加工の面白さに目覚めていたこともあり、この話に乗った。

その時、頭に浮かんだのは、同世代の女性から「女性は働きたいと思っても、子供の送り迎えの関係で残業はできないし、そんな女性を雇ってくれるところも少ない」という悩みだった。それならば、自分が会社をつくって、そのような女性を雇用することによって社会に貢献できるのではないかと考えた。
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創業したものの苦難の連続だった。注文も少なく資金が底をつきそうな時も、成功報酬を条件に仕事をさせてもらった時もあった。しかし、そのような地味な営業活動と、更にHPなどによるPRの結果、次第に顧客も増え、黒字も達成。現在に至っている。

東山さんの当面の目標は、「女性が働き続けられる職場づくり」で、具体的には30人程度の雇用(女性が主体だが男性も含めて)を目指すのだと言う。更にその先の目標は「途上国の人の役に立つこと」だと言う。東山さんの夢は続く。同社の更なる発展をお祈りしたい。

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2015年7月21日 (火)

岡倉天心の言葉に想う

今日、岡倉天心の「茶の本」を読みかえしていると、次の一節が目に飛び込んで来た。

これは、岡倉天心が、日清、日露戦争に勝利した日本への関心が高まっていた当時、欧米社会では、その関心がもっぱら日本人の戦闘性に向けられていたことを取り上げ、それを浅はかなものであることと指摘し、日本文化の本質は、戦いよりも平和と調和を求めることにあり、そうした理想を集約したのが「茶道」であると、説いているものである。

『岡倉天心「茶の本」第1章 (茶碗に満ちる人の心)』より抜粋。...
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自分が偉大だとうぬぼれているものが、実はちっぽけなものにすぎないことがわからない者は、ちっぽけと軽んじている他人のものが実は偉大なものであることを見過ごしがちである。

平均的な西洋人は、自己満足に安住して、自分たち以外の文化を理解しようとせず、茶道についても、例によって風変りで子供じみた東洋のさまざまな奇習のひとつにすぎないと片づけてしまうことだろう。日本がこの平和でおだやかな技芸にふけっていた間は、西洋人は日本のことを野蛮な見開国だとみなしてきたものである。それが、近頃になって日本が満州を戦場にして敵の皆殺しに乗り出すと(日露戦争のこと)、日本は文明国になったというのである。近年、侍の掟―日本の武士が進んで自分の命を捧げる「死の術」―については盛んに論じられるようになってきたが、「生の術」を説く茶道については殆ど注意が払われていない。無理解もはなはだしいが、・・・・・・
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世の中の政治家や企業経営者の中には、自分は人格的に偉いと思い(事実は人格的に欠陥があるのだが)、高慢な姿勢で、国民や従業員を導き、愚弄する者が存在することは事実である。

我が国の現首相も然りである。特に前半の言葉は、このような驕りがある人物に投げかけて見たい言葉である。

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2015年7月19日 (日)

アベ政治を許さない !

安保法案が衆議院を通過してから初めての週末の7月18日、各地で抗議集会が開かれ、同じメッセージが書かれた紙が掲げられた。その紙には、「アベ政治を許さない」の文字が。書いたのは、俳人の金子兜太さん(95)。

終戦の前年、海軍の主計中尉として戦地に赴任。手製手投げ弾の実験が失敗し、目の前で仲間の腕が吹き飛び、背中がえぐられた。即死だった。

「これからの人たちに同じ経験をさせてはいけない」。その思いを筆に込め、一気に書き上げた。旧知の作家・澤池久枝さんから6月上旬に依頼されたものだ。

大多数の国民の声を無視して、独裁的な政治を進める安部首相にNOを突きつけましよう!

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2015年7月17日 (金)

又吉直樹さん芥川賞/国家による人文系学問への干渉

<又吉直樹さんが、小説『火花』で『第153回芥川賞』> お笑いコンビ・ピースの又吉直樹さんが、小説『火花』で『第153回芥川賞』に選出されました。会見場にはいつもの3倍もの報道陣が詰め寄せたと報道され、関心の深さを物語っています。

又吉さんは大変ご苦労された方です。異色の作家です。苦労した人生を通じて蓄積された豊かな人生経験と更にそれに加えての豊かな読書量。 これからも輝き続けて欲しいと思います。
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ところで、文学は、人間にとって不可欠なものです。自分の人生経験を補ってくれる糧になるものであると思います。様々な人々の価値観の存在を知り、情緒に触れ、他人を理解できる心も芽生えてくるのだと思います。

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先日、安部政権は、国立大の人文系学部を見直し、もっと実用的な理系学部を充実するよう学長あてに要望しました。とんでもない国家主義的な圧力です。

私もどちらかと言えば理系の出身です。私は文系とか理系とかに分けることに嫌悪を感じる者です。文学、哲学、歴史、文化等々は人間の成長にとって不可欠なものだと思います。 効率化、経済性も必要ですが、その根底には人文系の学問が不可欠です。他人を思い遣り、国家を誤った方向に導く人材を輩出させないためにも、人文系の学問を守ることは必要です。

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2015年7月13日 (月)

蘆山寺

先日訪れた蘆山寺。紫式部が源氏物語を執筆したところです。
この寺は、京都御所の直ぐ東隣、鴨川との間に挟まれた寺町通りの静かな佇まいの中にありました。
丁度、紫式部をあやかって植えられたという紫の桔梗が、枯山水風な簡素な庭とうまく調和して美しく感じました。
平日であったかも知れませんが、観光客も少なく、ゆっくりと紫式部ゆかりの絵画などを見ながら過ごすことができました。

ここは、紫式部の曾祖父の中納言藤原兼輔から伯父の為頼、父の為時へと伝えられた邸宅でした。紫式部はこの邸宅で一生の大部分を過ごし、ここで結婚生活を送り、一人娘の賢子(かたこ)を育てながら源氏物語を書きました。因みに紫式部は石山寺でも時々過ごし、物語の構想を練ったと言われています。
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蘆山寺は、天台系圓浄宗の大本山で、蘆山寺天台講寺という。比叡山第18世座主・元三大師良源(慈恵大師)が開いた興願金剛院に始まる寺である。天正元年(1573年)に、紫式部邸宅址に移転した。

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2015年7月11日 (土)

天皇から安部政権への警鐘・玉音放送の公開

昭和天皇、及び現在の天皇は幾度か、日中、太平洋戦争など、過去の戦争に対して、非常に後悔の念を抱かれ、反省しておられる。靖国神社に参拝されないのも、A級戦犯が合祀されていることを嫌っておられるからである。

今回の玉音放送についても、(二度と戦争をおこしてはならないという痛烈なる後悔の念から、わざわざ、安部政権が戦争法案を制定しようとしているこの時期に)、公開されることに同意されたのであろう。

⇒これは「ポツダム宣言はつまびらかに読んでいません」と惚けた発言をし、違憲である戦争法案を強行採決しようとしている安倍首相への天皇からの警鐘だ。
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一方、安部首相は、祖父であるA級戦犯・岸元首相を擁護し、表向きは過去の戦争について一応、形式的に否定してはいるが、本音は日本が犯した侵略戦争を肯定し、美化したい意向のようである。これが戦後70年談話で、過去の戦争や植民地支配についてあまり、触れようとしない理由である。
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「玉音放送」原盤を初公開へ 天皇陛下のご意向も…(テレビ朝日系(ANN)) - Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann… 「玉音放送」原盤を初公開へ 天皇陛下のご意向も…(テレビ朝日系(ANN)) - Yahoo!ニュース

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2015年7月10日 (金)

忍び寄る安部政権下での国家主義

最近の自民党・安部政権は国家主義的政策を次々と打ち出しています。今度は選挙権年齢が18歳以上に引き下げられることに伴い、教育の場で、教員の政治的行為の制限違反に罰則を科す法改正を求める動きです。目的は政治的中立を求めるということですが、本音は、政権に有利な方向に若者を導こうとするものです。

安部政権の下、国家に対して個人の自由・人権が損なわれていきそうです。若しかすれば、今の中国やヒトラーの下でのドイツに似た国になってしまうのではないかと一抹の不安を感じさせます。大げさな話ではありません。あの冷静なドイツ国民でも、ヒトラーという一人の人間の巧みな演説に魅了され、国家の滅亡に向っていったのです。

人間って、弱い者です。不自由なく過ごしている時は、何も問題がありません。...
しかし、不自由な生活が始まると、悪質な強い政治家の言葉に扇動されて、意に反した末路を選んでしまいます。そんなことがないように一人一人が気を付けなければなりません。
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新国立競技場/福島原発事故

一方には、今なお、福島原発事故の後、
不自由な仮設住宅での生活を強いられている人々。
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他方には、豪奢で華美な新国立競技場の建設を巡って、
国のプライドを楯に議論する人たち。

結局、多大な税金を投入する豪奢案が、
有識者会議で了承された、と言う。

何たる乖離。

今日、新聞で散見された川柳3句に
何となく、引き寄せられた。

 「ポケットに打ち出の小槌持つ委員」
 「建築家都合悪いと隠れ部屋」
 「有識者常識あるとは限らない」

考えつくのは政治の貧困だ。

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堺の包丁

堺と言えば、包丁で有名である。昔、堺に住んでいたので、懐かしさもあり、数年前開設した「堺伝統産業会館」を初めて訪れて見た。包丁や線香、絨毯、和菓子など、堺の伝統産業の産品が展示・即売されている。会館は阪堺線の妙国寺前にある。

特に包丁の展示は圧巻だ。2階にある「堺刃物ミュージアム」に展示された夥しい種類の包丁には驚いた。ここには多くの外国人観光客も訪れる。欧州系の観光客は、プロの料理人が多いそうだ。包丁の材質や長さ、使い勝手を詳しく確かめてから、納得して買うので高級品がよく売れるという。 興味深いことに、堺の包丁製造は分業制だ。全国的にも珍しい。

これは、一人で鍛冶と研ぎを行うと、どうしても甘えが生じる等の理由によるのだそうだ。 堺の包丁の良さは、粘りがあること、包丁を入れた時、食材に密着し、切ったとたん、パット離れる。この微妙な感覚は他産地のものでは得られないという。優れた切れ味と合理的な形状、種類の豊富さからプロの料理人が使う高級品では約90%以上のシェアを誇っている。
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世界遺産。真実の歴史を伝えよう!

「明治日本の産業革命遺産」の登録が決定した。日本国民の一人として嬉しく思う。しかしながら、今回の登録をめぐっての安部政権の姿勢と韓国との交渉の拙さには疑問を感じた。
そこには日本の侵略戦争を美化したいために、過去の侵略戦争という負の遺産に眼をつぶり、覆い隠そうとする政権の意図を感じた。過去の歴史を正視して初めて、未来への一歩を踏み出せるのに。
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三池炭鉱がある市立石炭産業会館は、朝鮮人労働者が炭鉱住宅の押し入れに書いた「壁書」を切り取って常設展示しているという。そこでガイドをする方の言葉「私は囚人労働の歴史を見学者に今までも説明してきたし、今後もする。真実の歴史を伝えるべきですから」と。

これこそが、良識ある人が普通に考えることだと思う。人間味のある言葉だ。世界遺産の登録を喜び、祝うことはいいのだが、過去の真実を正しく伝えて行かなければならないと思う。
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それにしても、事前の韓国との交渉で、合意に達したという報道があったが、一体何を合意したというのだろうか? 遺産の説明に関して、文面をしっかりと作成し、合意しなかったからこんなことになるのだ。あまりにも程度が低い。

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2015年7月 2日 (木)

作家・三浦しをん さんの言葉

日本語は、英語などに比べると語彙が豊富である。細やかな表現、微妙な言いまわしの違いなどによって、読む人を感動させ、また時にはうっとりさせる。このことは、枕草紙や源氏物語、夏目漱石の小説など、世界に誇る文学作品を育ててきた理由であろう。

作家・三浦しをん さんは次のように言っておられる。
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作家になってから、ますます辞書を手放せなくなりました。・・・・・小説を書くときは、すごく考えて言葉を選び、場面によっても使い分けます。「とても喜んだ」と書くか「欣喜雀々した」と表現するかなど、辞書を引いて、微妙なニュアンスを考えて決めます。大切なのは、多くの人に同じ意味に取ってもらえるような言葉を選ぶこと。でないと、自分の思いは正しく伝えられません。そのためにも、語彙は豊富な方がいい。

何を見ても「きれい」「かわいい」というだけでは、気持ちは伝えられません。知っている言葉だけでいい、通じる人とだけ通じ合えればいいと考えていたのでは、語彙は増えないでしよう。語彙を豊富にするには、好奇心を伸ばすことです。子供の好奇心を育てるのは、大人の責任です。興味を伸ばして「知る楽しさ」を感じさせる、ことです。
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私は今、本を書いているが、4月から書き始め、おおまかだがほぼ7割程度出来上がった。あと3ヶ月ばかりかけて、追加・修正を行いながら、推敲したい。その際、言葉の表現にも気を付けたいと思う。三浦しをん さんを見倣って。

写真は凌霄花(ノウゼンカズラ)です。
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着物着付の体験

昨日の月曜日。梅雨の間の好天に恵まれました。中国からの女子留学生Tさんを案内して、家内の3人で京都の清水寺と銀閣寺へ行ってきました。

当日は平日にもかかわらず沢山の人出。やはり外国からの観光客が多いようです。
Tさんは着物の着付けを体験したいといっていたので、清水寺近辺で少しその体験をしてもらおうと、適当な着付け屋さんを探していたところ、五条坂の入口付近のある店の御主人が、知り合いの着付け屋さんを紹介してくれました。...

「KIMONOきま専科」(075-525-2588)というお店。看板に英語で「Rental KIMONO dressing」と記されていました。そして、着物、帯、肌着、肌襦袢、草履、髪結い、これらすべてを含んで三千円でした。彼女の着物姿、よく似合っていました。

着付けを終って、往きは、五条坂を上り、清水寺へ。途中、京都らしい様々な店を巡り、清水寺本堂で御神籤を引き、清水の舞台で京都の町の遠望を楽しみ、音羽の滝では、清水に願いをかけました。帰りは清水新道を通り坂を下り、その後銀閣寺へ向いました。

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2人の若者の言葉

自民党の某中堅議員のぼやき ⇒
「党の会議に出ると、安保法制に最も詳しく、弁護士でもある高村正彦副総裁が中央にドント座っている。おかしな意見を言ったら、すぐに論破されそうだから黙っている。すると、あっという間に『了承』となってしまうんです」

国家主義的な独裁政治を進める安部首相に対して、自民党内には、良識のある、立憲主義に基づく政治を行ないたいと考えている人たちが大多数を占めていると、私は思います、彼らには勇気をもって発言して欲しいと思います。...
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特定秘密保護法で問題意識を強めた学生が先月つくった「SEALDS」(自由と民主主義のための学生緊急行動)。中心メンバーの男子学生、奥田さんの言葉。

⇒「安部政権がやばいと思っても、一歩踏み出せない若者は多い。でも、やればけっこう集まるんですよ」「若者は上から言われてもデモに行かないけど、同世代が呼びかければ集まれる。若者が集まれば、全世代が来てくれて結集できるんです」

戦争が起きれば犠牲になるのは若者です。戦争を知らない若い人たちにお願いしたいこと:戦争体験者の話をよく聞いて、「戦争は二度と起こしてはならない」ということを、更に彼らよりも若い人たちに、後々まで言い伝えて欲しい。

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