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2015年8月29日 (土)

サウジアラビアの思い出:アラビアのロレンスが居合わせた歴史的な現場)

添付した写真は、若い頃まだデジカメがなかった時代に、サウジアラビアに滞在していた頃撮影した大切な写真を、デジタル化して保管しておこうと先日スキャナーしたものです。

最初の写真は、オスマン帝国が建設したビジャーズ鉄道の残骸の前で仕事仲間Sさんと一緒に納まったもの(アラビアのロレンスが率いる反乱軍によって破壊された機関車)、 2番目の写真はサウジアラビアで一緒に仕事をしていたオーストリア人の家庭を訪問した時のもの、 3番目と4番目は、それぞれサウジアラビアの地図と、かつて存在したビジャーズ鉄道の路線図の写真です。私はYanbu というところにいました。

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40歳の前後、約4年間、中近東のサウジアラビアに、電化プロジェクト管理の仕事のため滞在していました(紅海沿岸のYanbuという所)。 国土を殆ど砂漠で覆われた所ですから、仕事以外の楽しみはあまりなく、同じプロジェクトで仕事をしていた外国人キャンプにある家庭を訪問したり、自動車を使っての沙漠探索などが、主な楽しみでした。

サウジアラビアには、大昔の居住者が残した石碑や文字を刻んだ岩などが、何ら管理されずに放置されています。ある時、長期に滞在しているドイツ人から、昔、1914年の第一次世界大戦頃の鉄道の遺骸がどこそこにあると聞いたので、自動車で探索に出かけました。その時、発見した鉄道の遺骸が放置された現場で写したのが最初のものです。

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映画「アラビアのロレンス」を見られた方もおられると思いますが、アラビアのロレンスはアラブ反乱軍を支援して、オスマントルコが建設したビジャーズ鉄道をゲリラ的に破壊するよう指導したと言われています。アラブ反乱軍とは、第一次世界大戦中に、オスマン(トルコ)帝国からのアラブ人独立と、アラブ国家の樹立を目指してメッカの太守・フサイン・イブン・アリーが起こした戦いです。

しかし皆様ご存じのように、このフサインが主導するアラブ諸部族は、イギリスの支援を受けてオスマン帝国軍と戦い、その支配からの脱却には成功しましたが、世界大戦の終盤に、イギリスやフランスの利権を巡る争いから、これらの国の委託統治領となり分断され、統一国家として独立することはなく現在に至っています。また、イスラエル誕生により、アラブとイスラエルの新たな争いにも発展しました。
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