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2015年11月

2015年11月25日 (水)

第13回大和路 まほろば 2dayウォークに参加

11月21日~23日の3日間、恒例の第13回大和路 まほろば 2dayウォークが行われた。5km、10km、20km、30kmのコースがあり、誰でも体力に合わせて参加できる。
私たちは、今回で6回目の参加で、今までは20kmコースを選んでいたが、今回はゆっくり景色を楽しんで歩こうと10kmコースにした。参加したのは22日(日)。

橿原神宮を出発して、久米寺、亀石、橘寺、伝飛鳥板板葺宮跡、飛鳥寺、甘樫丘など明日香村を廻り橿原神宮に戻ってくるウォーキングを楽しんだ。大勢の参加者。東京や福島、鹿児島など遠方からの方もちらほら。一人で、仲間同士で、子供さんを連れた若い夫婦等々、参加者は様々である。...

最後の甘樫丘(あまかしのおか)では、皆から離れて、丘に登り、頂上からの眺めを楽しんだ。頂上近くには「ひまらやざくら」という珍しい桜が美しく、淋しげに咲いていた。頂上には写生に興じる人々が沢山。甘樫丘から見る、橘寺、伝飛鳥板板葺宮跡、飛鳥寺、岡寺などの風景を描いておられた。

甘樫丘というのは、僅か148mの高さの丘だが、古くは飛鳥一円の神奈備(かんなび:神が籠る山)として、古代人の信仰を集めたといわれ、古代の大和政権で重きをなした蘇我蝦夷、入鹿親子の大邸宅があったとされている。

この甘樫丘から見る、畝傍、耳成、天の香久山のいわゆる大和三山は、いつみても古代への郷愁を駆り立ててくれる風景である。また、畝傍山とその背後にある二上山の風景も美しく印象に残った。

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2015年11月19日 (木)

秋の京都・清水寺他

先日の日曜日、家内と一緒に、留学生リー・チャンさんを案内して、京都の清水寺と二条城へ行って来ました。前日は雨模様で天候が危ぶまれましたが、当日は幸運にも昼前には晴れて来てラッキーでした。

京都は、秋の行楽シーズンの日曜日とあって、大変な人出でした。京都駅からタクシーに乗るにも行列が長く続き、このような混雑振りは今まで経験したことがないほどでした。外国人観光客が半分以上を占めているようにも感じました。

さて、最初はリー・チャンさんが着物を希望していたので、まず、清水寺近くの着付け屋さん&レンタルショップへ。ここは前にも留学生の方を連れて来て、お世話になっているところで馴染の店です。店の名前は「KIMONOきま専科」(075-525-2588)。看板に英語で「Rental KIMONO dressing」と記されています。そして、着物、帯、肌着、肌襦袢、草履、髪結い、これらすべてを含んで三千五百円。

彼女は着物姿がよく似合います。着付けを終って、往きは、五条坂を上り、清水寺へ。大変な人出です。途中、二人の舞妓さんがいて、修学旅行の女子高校生たちが、一緒にカメラに収まっていたので、リーさんも一緒に写真撮影。その後、京都らしい様々な店を巡り、清水の舞台で京都の町の遠望を楽しみ、音羽の滝では、清水に願いをかけました。

その後、二条城へ向いました。二条城では一通りの見学を終えた後、午後5時から、琳派400年記念祭「アートアクアリウム城」というイベントが行われていたので、どのようなイベントなのかという好奇心が手伝って見ることにしましたが、奇抜なアートに驚かされました。 説明文には、日本の美を体現する金魚や錦鯉を中心とした「和の世界のアートアクアリウム」と、着物、和菓子、お茶、日本酒など京都が誇る日本の伝統をアートとして甦らせて融合させたもの、とあり、木村英智氏という方がプロデュースしたものです。因みにアートアクアリウムとは水族館のことです。
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2015年11月17日 (火)

専守防衛・平和主義

また痛ましい事件がパリで起こりました。このようなことが起こらない世界になって欲しいと思うのは誰もの願いであると思います。

武力対武力の戦い、力対力の戦いには際限がありません。武力あるいは力によって被害を受けた人たちは、加害者に対して憎悪を感じるでありましよう。加害者の被害意識は容易に消え去るものではありません。このような事態を失くすには、その根源である原因をなくすことが大切なのに世界の指導者たちは、必ずしもそのような行動を取っていません。

そもそもこの根源である原因は、貧困や差別、虐待などに起因するものです。積極的平和主義というのは、日本では安倍政権によって、集団的自衛権という武力を伴うものとして、誤って解釈されていますが、元々の「積極的平和」という言葉の提唱者であるノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥング氏は、これを、貧困や差別といった構造的な暴力のない状態であると提唱しました。

なぜISという組織が出現したのか。これは複雑な要因が絡み合っていますが、遠因は十字軍、そしてその後の、西欧諸国による中東支配時の政策、特にイギリス、フランスの間で結ばれたサイコス・ピコ協定というオスマントルコを解体し、民族を分断する強引な国境線の設定にありました。その後、旧ソ連によるアフガン侵攻、ブッシュ政権によるイラク攻撃等々が続きました。これらによってイスラム世界に混乱がもたらされ、これが貧困につながり、更に憎悪に変わっていったものです。

結論を急ぎますが、このような時、日本は何をすべきでしようか。日本は、西欧ともイスラム諸国とも異なる多神教の国として、武力はほどほどにして、専守防衛に徹し、貧困や差別、圧政などを失くする意味での積極的平和主義を唱え、このような政策をもって欧米諸国に意見を申す国になって欲しいと考えます。

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