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2016年9月

2016年9月28日 (水)

二葉百合子さん 岸壁の母

<二葉百合子さん 岸壁の母>
  子供の頃、ラジオから聞こえてくるこの歌をよく聞いたものです。
  「母は来ました 今日も来た/この岸壁に 今日も来た/
   とどかぬ願いと知りながら/
もしやもしやに もしやもしやに/ひかされて」

そうです。この歌は数年前引退された二葉百合子さん(85歳)が歌っておられたものです。彼女を先日ある番組で、関口宏さんとの対談でお見受けしました。その時もまだ若々しい美しい声でこの歌を披露してくれました。とにかく私にとっては子供の頃の懐かしい歌です。

この歌には、セリフが付いています。「又引揚げ船が帰って来たのに、今度もあの子は帰らない・・・・」という。このことから窺えるように、この歌は実話に基づいた歌なのです。
“端野いせ”さん という方がソ連からの引揚げ船に自分の息子が乗って帰って来ないかと待ちわびておられる歌なのです。戦争の悲劇を感じさせてくれます。数年前、舞鶴の引揚記念館を訪れた時、このことを再認識しました。
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二葉百合子さんは、浪曲師であった父の指導を受け3歳の時からデビュー。演歌歌手に転じてからは浪曲で鍛えた深みのある美声で一世を風靡しました。レコード大賞にも輝いておられます。彼女を慕って弟子となった歌手に、坂本冬実さん、藤あやこさん、石川さゆりさん、原田悠里さん等、そうそうたる人たちがいます。いずれも私の好きな歌手です。
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2016年9月25日 (日)

中庸を堅持し国家主義の台頭を防ぎましよう!

自宅近くの箕面市新稲界隈は秋の訪れとともに、稲田が色づき、黄色い稲穂が頭を垂れ、彼岸花の赤い花が美しく映えています。このような日本の原風景とも言える景色を見ていると心が和みます。世の中の動きを離れて平和を感じます。

しかし今、世界には平和とは必ずしも言えない雰囲気が漂っています。アメリカ大統領選挙におけるナショナリズム色の強いトランプ氏の台頭、避難民の増加に伴うヨーロッパ諸国における排他的な右翼政党の台頭、北朝鮮における暴虐的な独裁政治の存在、また我が国においても現政権による憲法を無視した安保法制の制定、放送への干渉など、国家主義(全体主義)的な動きが見られます。
 
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人類にとってこのような左右に偏った政治は、人々を幸福に導かないのではないでしようか。何事もほどほどにするというのが良いのではないでしようか。遙か昔、古代ギリシャの哲学者・アリストテレスは“中庸(ちゅうよう)”がベストであると提唱しました。孔子も同様に“中庸の良さ”を説いています。

ごく最近では、ハンナ・アーレントという女性現代思想家が複数の意見があることは大事だと説き、意見を画一的に統一しようとする全体主義(国家主義)の台頭を防ぐには、私たちひとり一人がきちんと自分の意見をもつのが一番だと説きました。
 
これはごく当たり前のことだと思ってはいけないことだと思うのです。彼女はナチズムとスターリン主義という二つの歴史的現象を全体主義(国家主義)と呼び、その本質を明らかにしました。

それによると、現代における大衆社会では、個々人がばらばらで繋がりがないために、ある種の寂しさを抱く様になり、それに乗じて共同幻想のようなものを突きつけられると、人々はすがるかのように引き込まれていくというのです。そして権力者は、皆が目を覚まさないように、秘密警察のようなものを使って恐怖で縛りつけることにより、社会を不安的な状態に保つことで、人々を一致団結させるというのです。

すなわち、人々が自分で物事を考えずに、物事を人任せにしてしまうところから全体主義が生まれ、独裁者が登場するというのです。
 
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このような全体主義(国家主義)が幅を利かすような世界になって欲しくありません。とりあえずは、クリントン氏がトランプ氏を抑えアメリカ大統領となり、西欧においては中庸な政党が政権を維持すること、日本においては民進党が内部争いを止め躍進すること、などを望むものです。


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2016年9月18日 (日)

パラリンピックを観て感動!

パラリンピックを観ていますが、感動させられる場面が多いです。しかも健常者と違って数々のハンディカップを背負いながらも、普通の健常者よりも遙かに素晴らしい演技をしたり、記録を作ったりする若者をみていると、尊敬の念を感じます。

自分が若い頃、陸上競技を少しやっていたので、陸上選手の話題に絞りますと、まず女子400Mで銅メダルに輝いた辻沙絵さん、生まれた頃から右手が不自由の身でありながら持ち前の精神力でカバーし、力強く人生を歩んで来られた。そして、日体大に進学し、ハンドボールでレギュラーとなるも、昨年2月から陸上に転向。本格的に陸上を始めたばかりだが、この障害クラスで日本勢初のメダルに輝いた(記録1分0秒62)。

次に男子走り幅跳びで銀メダルに輝いた山本篤さん。高校2年の時、交通事故で左足のももから先を失った。卒業後に通った義肢装具の専門学校で陸上競技と出会い、それを生きる糧として頑張って来られた。そして世界のトップを争う選手に成長。今回、悲願の金メダルに届かなかったものの6m62で銀メダルに輝いた。
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2016年9月13日 (火)

チンドン屋・風見花さん

風見花(ふみか)さん(26)。チンドン太鼓を抱え隊列を率いる。彼女は日本最大のチンドン屋集団といわれる「ちんどん通信社」の最年少にして看板娘で、同社社長、林幸治郎さん(60)の娘さんだ。因みに同社は大阪市中央区の空堀地区にある。

学校嫌いで「パラパラ」を踊っていたやんちゃ娘が、父が主宰するチンドン屋の会社に飛び込み、中学3年生の時街頭デビュー。中学卒業後は通信制高校で学びつつ、チンドン屋としての礼儀作法や口上の述べ方、日本舞踊やチンドン太鼓の演奏などを学んだ。出演依頼は年間500件。富山市で毎年開催される全日本チンドンコンクールに優勝14回。欧米や中国、韓国など海外公演も30回近い。街頭宣伝業にして文化使節。言葉が通じなくても情感がこもっていれば相手に伝わる。チンドン屋は世界に誇る日本文化なのだ。

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「チンドン屋」という言葉には郷愁を感じさせるものがある。私が子供の頃には街でよく見かけたものだ。そもそもチンドン屋は、江戸時代後期、大阪千日前を拠点にしていた飴売り商人が、鳴り物と売り声で寄席の宣伝を請け負ったのが始まりとされる。そして鉦(かね)や太鼓の音から昭和初期にこの名が定着したのだという。戦後はパチンコ店の開業ラッシュで活況を呈していた。


 
しかしその後テレビの普及や商店街の衰退の影響で廃業が続き、今や見かけることが少なくなったと私は思っていたが、先日の朝日新聞のbe on Saturday の記事によると、最近は「生身のコミュニケーション」や「パフォーマンス」が再び注目され、新築マンションやパソコンショップの宣伝、老人施設のイベントや外国人観光客の宴席、市町村の選挙管理委員会など、仕事先は様々で、“ひっぱりだこ”だという。

チンドン屋は目の前にいる人の足を止めさせ、笑顔にさせ、あの商品やあの店に行ってみようという気にさせることが大切である。「でも、人目を引くような格好やパフォーマンスだけでは駄目。新しいことだけでも駄目。まずは人々が暮らす街に溶け込むこと。心を裸にすればお客様も心を開く」と風見花(ふみか)さんは語っている。

改めて、チンドン屋さんは世界に誇る日本文化といえるのではないかと私は思った。

(引用資料:朝日新聞be on Saturday:フロントランナー)
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加藤紘一氏を偲ぶ

<加藤紘一氏を偲ぶ>

自民党幹事長、官房長官などを歴任した加藤紘一氏が亡くなられました。“将来の首相”とも呼ばれ、期待された方でしたが、不運も重なり志を遂げることが出来ませんでした。ご冥福をお祈り致します。

自民党にもかつて国民の目線に立って政治を行う立派な政治家がいました。石橋湛山元首相、大平正芳元首相、そして加藤紘一元幹事長、等々。彼らは自由主義者でしたが、弱者を切り捨てる新自由主義者ではなく、弱者への思いやりや平和を希求するリベラルな考えをも併せ持っておられました。そして立場が異なっても討論にあたっては、はぐらかすことなく正面から正々堂々と議論をされていました。しかし現在の安部政権にこのような人物を見出すのはむずかしいようです。

加藤紘一氏といえば、「加藤の乱」が思い出されます。2000年森善朗首相に退陣を迫り、野党提出の内閣不信任案に賛成の構えを見せましたが、同調者をあまり得られず敗北しました。たとえ同じ党でも不条理なことには異議を申し立てるという気概のある方でした。今の安部政権の主流を占めている人たちの、“寄らば大樹の陰”で物言わず羊のようにおとなしくなっている人たちとの著しい違いを感じます。

加藤氏は「安部政権の背後には日本会議がある。だから安倍政権は今までの自民党政権とは異質で極めて危険だ」と言って、今の日本に国家主義的な動きが拡大するのを懸念していました。今後自民党にも加藤紘一氏のような政治家が多数現われて、民進党と共に日本を正しく良い方向に導いて欲しいと思うものです。

写真は2000年の“加藤の乱”の場面です。
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短歌2首

まだ残暑が続いていますが、夏はゆっくりと過ぎ去ろうとしています。夜になるとコオロギの声が静寂な空気を通して聴こえて来ます。その声を聴いていますと暑かった夏の日の情景が思い出され、懐かしさに似た気持ちになります。今年の夏は色々な出来事や事件がありましたが、私には、オリンピックでの日本選手の活躍の場面や天皇陛下の生前退位を望むお気持ち会見の二つが強く印象に残っています。
そこで拙い短歌をしたためて見ました。
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バーベルにハグして感謝三宅選手勝負の世界にみる優しさ...

ひしひしと胸に応える天皇の平和を願う真実の声
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オリンピックでの日本選手の活躍は素晴らしいものがあり、大変感動しました。三宅選手の活躍もそのひとつですが、彼女が試合後、一緒に練習に励んできたバーベルをハグする姿に、厳しい勝負の世界においても優しさという感情が生きていることに癒しを感じました。このような個人レベルの感動の場面はさておき、国家間のメダル争いという点では、どうしても政治色が前面に出て複雑な感情に見舞われます。閉会式における安部首相が登場したハプニングなどは賛否両論がありましたが、私としては戴けないものを感じました。

生前退位を願う天皇陛下のお気持ちについては、多くの方が陛下の人間的な優しい人柄を感じられたと思います。そしてこの会見では、日本が犯した侵略戦争に対する懺悔の気持ちと平和な日本をこのまま維持して欲しいという陛下の気持ちもひしひしと伝わって来ました。現政権が過去の侵略戦争を直視せず、お茶を濁している態度との違いを感じました。

後記:天皇陛下の大意の意向が報じられたのは、参議選で改憲勢力が憲法改正の国会発議に必要な1/3を確保した直後だった。現政権の後ろ盾となっている日本会議の幹部は、いよいよという時に、水を差されたと感じたという。→天皇陛下は自民党による現憲法改正の動きに反対されているように思えます。

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2016年9月 8日 (木)

フランス人の銭湯大使ステファニーさん

「ワタシが日本に住む理由」という番組(BSジャパン)があります。時々観ていますが、外国の方が日本の文化や日本の生活様式に興味をもって頂き、日本を好きになって頂くことは嬉しいことです。先日観た番組では、フランス・プロバンス生まれのコロイン・ステファニー(Stephanie)さんが紹介されていました。
彼女はフランス・リヨン大学で日本文学を専攻し、2008年交換留学で来日。その際に銭湯と出会いファンとなりました。2012年に再来日後は、銭湯お遍路を楽しむ日々を送っています。そして昨年、日本の銭湯を海外に紹介する“銭湯大使”に選ばれたとのことです。
因みに彼女には日本人の婚約者がいます。

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懐かしい夏の出来事

まだ残暑が続いていますが、夏はゆっくりと過ぎ去ろうとしています。夜になるとコオロギの声が静寂な空気を通して聴こえて来ます。その声を聴いていますと暑かった夏の日の情景が思い出され、懐かしさに似た気持ちになります。今年の夏は色々な出来事や事件がありましたが、私には、オリンピックでの日本選手の活躍の場面や天皇陛下の生前退位を望むお気持ち会見の二つが強く印象に残っています。
そこで拙い短歌をしたためて見ました。
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バーベルにハグして感謝三宅選手勝負の世界にみる優しさ...

ひしひしと胸に応える天皇の平和を願う真実の声
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オリンピックでの日本選手の活躍は素晴らしいものがあり、大変感動しました。三宅選手の活躍もそのひとつですが、彼女が試合後、一緒に練習に励んできたバーベルをハグする姿に、厳しい勝負の世界においても優しさという感情が生きていることに癒しを感じました。このような個人レベルの感動の場面はさておき、国家間のメダル争いという点では、どうしても政治色が前面に出て複雑な感情に見舞われます。閉会式における安部首相が登場したハプニングなどは賛否両論がありましたが、私としては戴けないものを感じました。

生前退位を願う天皇陛下のお気持ちについては、多くの方が陛下の人間的な優しい人柄を感じられたと思います。そしてこの会見では、日本が犯した侵略戦争に対する懺悔の気持ちと平和な日本をこのまま維持して欲しいという陛下の気持ちもひしひしと伝わって来ました。現政権が過去の侵略戦争を直視せず、お茶を濁している態度との違いを感じました。
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2016年9月 2日 (金)

チャスラフスカさんを偲ぶ

チャスラフスカさんが亡くなりました。享年74歳。チャスラフスカさんといっても若い世代の方はご存じないかも知れません。彼女と私とはほぼ同世代だったので、彼女には強烈な印象が残っています。彼女は、旧ソ連傘下の旧チェコスロバキア・プラハの出身。1964年東京五輪の女子体操で3つの金メダルに輝き、「五輪の名花」「東京の恋人」と呼ばれ、日本でもしまれました。
 
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私は、彼女の優雅な演技に魅了されたことは言うまでもありませんが、それよりも華々しい体操競技での活躍とは裏腹に、苦難に満ちた人生の中でも信念を曲げなかった生き方に魅了されました。

 
米ソによる冷戦時代、チェコスロバキアは1968年、一時ドプチェク氏という良き指導者が現れ、「プラハの春」と言われる民主化を実現しましたが、同年8月ソ連軍の介入を受け改革は阻止されました。この時彼女は母国の民主化運動「プラハの春」を支持し、“二千語宣言”に署名したことから迫害を受けました。ソ連軍侵攻直後のメキシコ五輪では、ソ連の選手が金メダルを授与されている間、顔を背け抗議したことは有名です。1989年のベルリンの壁崩壊後の民主化で名誉を取り戻した後は、大統領顧問やチェコ五輪委員会会長も務めました。
 
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当時同じ体操で銅メダルを獲得した小野清子さんは「美しくて、体操が上手なのに、威張るわけでもなく、心暖かくて、友達を大事にする人だった。ただ国家への反骨心は隠さなかった。普段は口にしないけれど、時折、『家の窓を開けると見張っている人がいるの』というように、自由を奪われていると感じる出来事をさらっという人だった」と振り返っています。彼女はまた派手な生活を嫌い、自分は質素なアパートに住み、家賃収入と年金で暮らしていたと伝えられています。親日家で日本にもたびたび来日。2011年には東日本大震災の被災地も訪れ、また被災地の子供たちをプラハに招待してくれました。

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ソ連共産党=左翼国家主義という権力の下で一時生きた彼女。その中で毅然とした態度を取り続けたチャスラフスカさん。自由の貴さを我々に教えてくれました。左であれ右であれ、国家主義というものは恐ろしいものです。我が国にも少し国家主義(右翼国家主義)の波が押し寄せているように感じられますが、いかなる場合でも自由を守るために毅然として態度で対応したいものです。

(後の方の写真は私が数年前、チェコのプラハを訪れた時の写真です。「プラハの春」で有名な広場です。この銅像がある広場にソ連軍が侵攻しました)


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