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2016年11月15日 (火)

真田幸村・九度山

高野山の麓にある“九度山”を訪れました。ここは、真田幸村とその父・真田正幸が関ケ原合戦後、徳川家康により蟄居を命ぜられたところです。南海線・九度山駅から真田親子が住んでいたと言われる真田庵(この跡地に善明称院という寺が建っている)に通じる“真田のみち”は古い建屋もまだ残っていて、親子が淋しく過ごしたことが偲ばれる静かな佇まいを見せていました。

途中、梅下百貨店という店で“真田紐”を売っていたので家内が買い求めました。真田紐は、幸村が織機を使い織り上げた紐で、縦に引く力に強く、とても丈夫なので日常生活での使用はもちろんのこと、兜鎧着用時の紐などに使用されたそうです。...

幸村はその真田紐を家来に全国各地に売りに歩かせ生計を支える一方、その販売を口実に諸国の動静を探ったといわれています。この真田紐、丈夫な上に、デザイン的にも美的であるのが特徴です。
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ところで、真田幸村のことですが、彼は石田三成と同じく、豊臣政権の末期、豊臣家の恩義を捨てずに豊臣のもとに留まり、忠節を尽くしました。こういうところが私もそうですが多くの人の共感を得ている理由だと思います。

私も晩年の秀吉の残虐な振舞いは好きになれませんが、司馬遼太郎氏も小説『関ケ原』の中で、次のように感想を述べていることに、現代社会にもよくある、利のために義を捨てる人間の愚かさと寂しさを感じました。
「・・・豊臣政権のほろびにあたって三成などの寵臣までが家康のもとに走って媚を売ったとすれば、世の姿は崩れ、人はけじめを失う。自分が育てた寵臣からそこまで裏切られれば、秀吉の惨めさは救いがたい・・・」

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