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2017年2月14日 (火)

相撲の起源を知る

(English follows Japanese)
先週の2月5日(日)、奈良県の當麻(たいま)にある、相撲館「けはや座」で珍しいイベント、「日本書紀と相撲甚句で伝える相撲発祥」が、開催されたので行ってきました。この「けはや座」は、近鉄線、當麻駅から、当麻寺の方向に少し歩いたところにあります。ここで「けはや座」の“けはや”は後で述べる當麻蹶速(たいまのけはや)のことです。
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会場である「けはや座」の中央には土俵があり、ここを舞台として相撲甚句のコンテストが繰り広げられました。プログラムは、相撲発祥についての講演、相撲甚句の披露、相撲甚句教室から成っていて、相撲甚句の披露では、當麻蹶速(たいまのけはや)と野見宿禰(のみのすくね)に縁のある地域の6つの甚句会が、日頃の甚句の練習の成果を披露されました。

歌い手は、相撲という性格上、数人の女性の方の他は全て男性でしたが、初めて見る相撲甚句には大変興味を感じました。土俵上には横綱に昇進した稀勢の里の等身大の画が飾られていました。相撲甚句は、花相撲や巡業相撲の土俵上で力士が披露する甚句です。元日本民謡の一種で,越後甚句の流れといわれ、力士が余興的に土俵でうたい,それに合わせて踊ったのでこの名が生まれ,江戸時代末期から始まったと言われています。
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ところで、相撲の起源ですが、養老4年(720年)につくられた『日本書紀』に、當麻村に、當麻蹶速という勇者がいて、「我は天下に比類なき力持ちであり、我と力比べをして勝つものはいない」と心に思い、人にも語っていました。

それを聞かれた垂仁天皇が、「彼と力合わせをするものは誰かいないか」と聞かれ、一人の則臣が、出雲国に野見宿禰という勇者がいると申し上げると、即日に人を遣わして、野見宿禰を呼び、蹶速と宿禰に角力を取らせた。互いに蹴り合って遂に、蹶速は脇骨を蹴り折られて生命を失った、宿禰は勝った恩賞として、領地を賜り、都に留まって朝廷に仕えることになった。これが相撲の始まりと言われています。(日本書紀より少し前につくられた『古事記』にも、これの元型となるような話があります。天照大神が国を譲って欲しいと大国主命のもとに派遣した「たけみか雷(づち)」が大国主命の息子「たけみなかた」を負かした話です。「たけみなかた」は敗れて諏訪に逃れ、今、諏訪神社の上社と下社に祀られています。)

二人が相撲を取ったといわれる“相撲神社”が奈良県桜井市にあります(写真)。その天覧相撲の様子(写真)も併せて御覧下さい。

Sunday last week, I visited Sumo-pavilion “Kehaya-za” at Taima. There, I learned a history of Sumo in Japan and enjoyed Sumo-themed song. According to Nihon-shoki (the oldest chronicles of Japan)(720 year), in the era of Emperor Suinin, Taimano-Kehaya of Taima-village bragged himself that he is the strongest man in this country. Knowingly this rumor, the Emperor summoned his subject to recommend any sumo wrestler to compete with bragger. Accordingly, Nomino-Sukune from Izumo was recommended. Then match was set and Sukune defeated Kehaya and Sukune was given Kehaya’s domain and served the Emperor.

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