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2017年3月24日 (金)

子曰く 義を見て為ざるは、勇なきなり

私の好きな論語の言葉に、次のような言葉があります。

「子曰く 義を見て為ざるは、勇なきなり」

義とは正義、人としての道、などを意味します。要は、不正を目の当たりにして、自己の保身、責任逃れのため、不正を見逃してはいけないということです。
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昨日の籠池さんの証人喚問。そもそも今回の籠池さんの証人喚問は、同じ思想を信奉しながら、安倍首相が、籠池さんとの信義を蔑(ないがしろ)にし、裏切ったことにあります。同じ思想を有すると尊敬していたあ安倍さんから突然に邪魔者扱いされたと、籠池さんは語っています。

私としては彼の右翼的思想教育には違和感を覚えていますが、それはさておき、彼は堂々としてかなり真実を語っているように思いました。

これに対して、与党の質問者の質問は、疑獄事件の本質から逸脱し、不正を行っている政権側の者を擁護する姿勢がありありと窺えました。自民党、維新の質問者の話を聞いていると、時代劇にある「悪代官と越後屋」での、『「越後屋、おぬしも悪よのう」「いえいえ、お代官様ほどでは」』というセリフを思い出し、“悪だくみ”をしている悪代官とゴマすり商人を思い出しました。悪代官が誰かはご想像に任せますが、ゴマすり商人は与党の質問者に当てはまると思います。

一方、民進党の枝野さんの質問は的確でまとを得ているように感じました。枝野さんは、庶民の間でも人気のあった名奉行、大岡越前守のようでした。大岡越前は、悪を懲らしめ、人情味あふれる庶民の味方でした。
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「火のないところに煙は立たぬ」といいます。社会を正すためにも、不正を見逃さないようにして欲しいものです。

今、昨日の籠池さんの外国人記者クラブでの会見で、忖度(そんたく)と云う言葉が世界にも行き渡りました。日本の名誉のためにも不正を正して欲しいものです。

 

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