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2017年5月 7日 (日)

嘘の発言に麻痺してしまう危険性

最近の世の中、何が本当に正しく、何が間違っているか、ということが一般の人にはわからなくなって来ているのではないかと、感じられる時があります。

一昔前には、それぞれの異なる意見の持ち主が、それぞれ比較的平等に意見を述べ、意見を戦わせた結果、間違った意見を述べた人も、ある程度その非を認め、双方が、お互いに適切な妥協点を探ったことが多かったように記憶しています。

しかし、最近のトランプ・アメリカ大統領の発言や日本においても森友疑惑事件や共謀罪法などに関して、国会での審議を聞いていると、権力を有する者が、権力を笠に着て、間違ったことを正しいと言いくるめ、そして何度質問しても同じような答弁を繰り返すというようなことが多く見られます。

このようなやりとりを聞いていると、その内、聞いている国民の中には、“嘘の発言に麻痺して”、それが正しいように思えてくる者も現われてくるのではないかと思えてなりません。

日本人は、やはり“長い物には巻かれろ”にあるような“ひ弱な”国民なのでしようか? いや、“判官贔屓(ほうがんびいき)”という弱者の立場に立って権力に立ち向かう正義感という資質も持ち合わせています。ある人の言葉を鵜のみにする人もあれば批判する人もいます。

人は集団の中で生活することは避けられません。その集団の中で、支配的な人、声の大きい人の言葉に誘惑されずに、その言葉が正しいかどうかを、一人一人が納得して決めることが人間として求められ道なのではないかと思いました。

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