『百万本のバラ』の原曲『マーラが与えた人生』~小国ラトビアの悲劇の歴史を歌う~ を聴いて
『百万本のバラ』は加藤登紀子さんの代表曲として知られている曲だ。先日バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)を旅した時、添乗員のSさんが、この曲には原曲があって、それはバルト三国のひとつ “ラトビア” で生まれたものだと、バスの中で加藤登紀子さんの曲と原曲の二つの曲をCDで聞かせてくれた。
異郷で聞くふたつの曲のいずれにも“もの悲しさ”を感じたが、原曲の方にその程度を強く感じた。その違いは何なのかと興味を感じ、帰国後、歌の成り立ちを調べて見た。...
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原曲は、『マーラが与えた人生』というタイトルで、その歌詞は次の通り。
子供のころ泣かされると
母に寄り添って慰めてもらった
そんなとき母は笑みを浮かべてささやいた
「マ―ラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」
時が経って・・・もう母はいない
今は一人で生きなくてはならない
母を思い出して寂しさに駆られると
同じことを一人つぶやく私がいる
「マ―ラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」
そんなことすっかり忘れていたけど
ある日突然驚いた
今度は私の娘が笑みを浮かべて口ずさんでいる
「マ―ラは娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた」
このように、原曲の歌詞は加藤登紀子さんの「百万本のバラ」とは全く違っていて、ラトビアの歴史の悲劇を歌ったものだという。“マーラ”とは、ラトビア語で、命や母性を表す女神の意味なのだという。
ラトビアは、小国ゆえに近隣のスエーデン、ポーランド、ロシア、ドイツなどによって絶えず侵略、蹂躙されてきた。近年には、ナチスドイツ、ソ連共産主義政権に翻弄された。
愛国詩人レオン・ブリディスは、そんなラトビアの悲劇の歴史を「幸せをあげ忘れた」と表現し、これに、後にラトビアの文化大臣にもなった音楽家ライモンド・パウルスがソ連統治時代の1981年に曲を付け、女性歌手アイヤ・クレレがラトビア語で抒情豊かに歌ったのが最初。
子守唄のように優しく歌いながら、そこには民族の自尊心とソ連共産主義政権への抵抗への思いが込められている。
YouTube(下記)の彼女の歌を是非聞いて下さい。悲しみに満ち、何とも切ない思いに駆られます。
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『マーラが与えた人生』は1982年に、ロシアに持ち込まれ、メロディはそのままに全く異なる歌詞が付けられた。作詩したのは、ロシアの詩人アンドレイ・ボズネセンスキー。スターリンの死後訪れた「雪解け時代」に、社会の自由化を唱えて反体制的な詩作活動を行い、体制派からの弾圧から逃れてグルジアに渡っていたことがある。
そこでグルジアの画家ニコ・ピロスマニを知る。ピロスマニは、フランスの女優マルガリータに恋をし、家も財産も売り払ってバラの花を買い、彼女の泊まるホテルの前の広場を花で埋め尽くし、名乗り出ることもなく、その姿を遠くから眺めて立ち去っていくというロマンティックな逸話をもとに、「百万本のバラ」の歌詞を作った。
歌ったのはソ連の国民的歌手のアーラ・プガチョフ。ソ連崩壊まで長きに亘って絶大な人気を博した。
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この曲を日本で初めて歌ったのは、父が日本人、母がロシア人の兵頭ニーナさんという女性である。彼女は札幌市平岸でロシア料理店を営んでいるそうだ。
36歳の時、音楽事務所にスカウトされ、ロシア語のヒット曲を歌ってくれとの依頼を受け、レコードも作った。
ニーナさんは、このレコードのキャンペーンで訪れていた京都で、加藤登紀子さんの父と出会う。父は娘にもこの歌を歌わせようとした。そうしたことから、加藤登紀子さんがロシア語の歌詞を翻訳して歌うようになった。加藤登紀子さんが歌っている日本語版「百万本のバラ」は皆様ご存じのように下記の通りである。
小さな家とキャンパス 他には何もない
貧しい絵描きが 女優に恋をした
大好きなあの人に バラの花をあげたい
ある日街中の バラを買いました
百万本のバラの花を
あなたにあなたにあなたにあげる
窓から窓から見える広場を
真っ赤なバラでうめつくして
(2番省略)
出逢いはそれで終わり 女優は別の街へ
真っ赤なバラの海は はなやかな彼女の人生
貧しい絵かきは 孤独な日々を送った
けれどバラの思い出は 心に消えなかった
百万本のバラの花を
あなたにあなたにあなたにあげる
窓から窓から見える広場を
真っ赤なバラでうめつくして
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以上のように、ラトビア→ロシア→日本と歌い継がれてきたこの歌に、私は改めて大変深い愛着を感じるようになりました。
参照文献:『道新りんご新聞』

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