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2019年5月 8日 (水)

近藤亨さん ~農学者で、ネパールの農業指導に半生を捧げた人~

個人の業績を称えるものとして、例えば国民栄誉賞などの授賞がしばしば話題に上っています。このような話が出てくる度に私は思います。もっとそれに相応しい人が沢山おられるのに、何故にそんな人を選ぶのかといつも疑問に感じています。

日本国内に限らず、日本を離れて諸外国で素晴らしいことをされ、それぞれの国の社会で貢献され、感謝されている方も沢山おられます。そのような方の活躍は日本では殆ど知られていません。

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今回、そのような方の一人で、拙著「尊ぶべきは、小さな社会と細やかな心~Small is Beautifulhttps://amzn.to/2PtlpUZ (アマゾンで販売中)でも紹介させて頂きました故近藤亨さんを紹介します。

近藤亨さんは、1921年生まれの農学者。ネパールでの農業指導に半生を捧げ、日本古来の伝統的農法に自らの農業技術を加味し、手取り足取りの指導によって、ネパールの人たちが自らの手で農業を運営していくことができるよう、自立の道を歩ませることに成功しました。

近藤さんは、新潟県出身。新潟県立農林専門学校(現・新潟大学農学部)卒業後、新潟大学農学部助教授などを経て、1976年、JICAから果樹栽培専門家として、ネパール山岳地域での生活向上のための農業支援依頼を受けて、同国に派遣されました。妻のちヱさんを伴っての赴任でした。以後、十数年にわたりネパールのために尽力されました。

そして任期を終えた1991年(70歳の時)、一旦帰国するも、今度は個人の資格で、単身で、更なる現地住民の自立に寄与すべく、ネパール・ムスタン地域開発協力会を発足させ、理事長として現地ムスタンに再度赴任しました。そこでは、果樹栽培の指導や農業指導に専念する傍ら、現地の人たちのために、17もの小学校、中学校、高校や病院などを建設・運営し、90歳を過ぎた後も活躍されました。特に1998年、標高2750mのネパール・ムスタン・ティニ村で、世界最高地での稲作に成功。このほか様々な業績が評価され、2013年、ネパール最高栄誉一等勲章を外国人として初めて受賞し、ネパールでは各方面より多大なる賞賛を集めました。

何が、近藤さんをして、海外での農業指導に向わせしめたのか、→このあと、拙著を読んで頂ければ幸いです。

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近藤さんは、生前次のような言葉を遺しました。

「真の国際協力は深い人間愛であり、決して物質、金品の一方的供給ではない。支援を受ける人々が心から感謝し、自らが立ち上がる努力をする時、初めてその真価が現れるのである」と。・・・・・これは、日本の多くの方が行って来た国際支援の形であると思います。今、中国が“一帯一路”と銘打って行っているものとは著しく性質の異なるものです。

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