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2019年8月10日 (土)

隠岐を訪れる

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8月の始め、隠岐へ行って来ました。隠岐は島前(どうぜん)と島後(どうご)の二つから成ります。今回訪れたのは島後の方です。二つとも行きたかったのですが、一泊二日の旅行社の日程から、島前は次の機会にすることにしました。

隠岐は、後鳥羽天皇や後醍醐天皇、小野篁など、昔から貴人の遠流の地として名が知られた神秘的な匂いがする所であり、また昨年出版した拙著「尊ぶべきは、小さな社会と細やかな心」で取り上げた海士町が所在する所であるので、どんな所か見ておきたかったのです。

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さて隠岐について印象に残ったことを、私自身のメモとして記したいと思います。

★隠岐は、遥か3万年前にはすでに人が住み、石器時代は黒曜石の産地、中世は後醍醐天皇などの遠流の島、近世は北前舟の風待ち港として時代ごとに存在感を放って来た。また、日本形成が垣間見える大地、謎多き生態系が存在する場所として世界的に見ても貴重な島で、平成2599日には、「世界ジオパーク」に認定された。

★隠岐は724年(聖武天皇の時代)に遠流の地として定められ、江戸中期になって一般の罪人が流されるようになるまでは天皇や公家、役人などの政治犯が配流となった。後鳥羽天皇や後醍醐天皇、小野篁などである。隠岐は奈良・京都から見て北西の方向に位置していて、吉兆をもたらす方向にある。乱を起こしたとはいえ、天皇を遠流するわけだから、方向が良く、しかも、アワビなどの食材が豊かで、生活しやすい隠岐が選ばれたという。

★隠岐には立派な神社が多い。明治の廃仏毀釈までは仏寺が多かったが、今は圧倒的に神社が多い。元々、隠岐には16の式内社(延喜式内社)があり、その内の4社が名神大社となっている。その一つ、水若酢神社は隠岐造りで茅葺の屋根は本土のものより際立って厚い。20年毎の遷宮時には、境内にある土俵で古典相撲大会が行われる。取り組みは2回行われ、1回目の勝者は2回目には必ず勝ちを譲るというルール。争いをできるだけ避け、皆仲良くという日本社会の特徴をよく表していて興味深い。

★ローソク島:高さ約20mの奇岩の先端に夕陽が重なると、まるで巨大なローソクに火を灯したように見える。西方浄土の思想に通じる。これはローソク島遊覧船からしか見ることが出来ない。

★アジサイと言えば梅雨の風物詩であるが、隠岐の白島海岸では、雪の降る頃まで色づいている。対馬暖流がもたらす湿気が一因と考えられている。珍しい風景である。

★大きな樹木が多く見られる。八百杉、カブラ杉、など。屋久島の縄文杉に劣らず凄い。

★外国人観光客は殆んど見かけなかった。交通事情の関係からか?

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