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2020年5月22日 (金)

清貧に生きるということは、一つの日本の文化であった

「足ることを知らば貧(ひん)といへども富(ふ)と名づくべし、財ありとも欲多ければこれを貧と名づく」

これは、日本浄土教の基礎をつくった源信が『往生要集』のなかで述べている言葉です。
・・・・欲望の支配する現世の価値(富や権力)よりも、目に見えない価値(精神的な価値・心の救済にかかわる価値)の大切さを教えています

かつて日本人は、神仏の存在を信じ、たとえ法や人の目に触れなくても、間違ったことをするのは神仏に対して許されぬという、心の律をもっていました。人間まともな行動をするべきで、嘘をついたり、だましたり、ごまかしたりするのは間違っていると信じていました。
そして中には、西行や良寛、芭蕉、兼好法師のような清貧に生きる人々がいて、欲望や権力から解放された生き方の模範を示してくれました。それが誇るべき日本文化でした。それが失われようとしています。
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なぜこのようなことを書きたくなったかと申しますと、最近、特に安倍政権になってから、日本人が築き上げて来た素晴らしい生き方、まっとうな生き方、道徳・倫理感が失われていくような不安に駆られるからです。安倍首相が平気で嘘をつく、ごまかす、誤りを認めず詭弁を弄す、などを繰り返されているため、これを真似る人たちが増えて来ているような気がし、社会が殺伐として来たように思えるからです。早くこのような状態は正されなければなりません。
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清貧に生きた人として、良寛、アッシジの聖フランシスコの画像を添付しました。『清貧の思想』は愛読書です。

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