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2021年1月31日 (日)

東京オリンピックは中止すべき

今、コロナ禍の中、東京オリンピックを開催するか否かの議論が沸騰している。

現在のコロナの状況が続くと7月のオリンピック開催の可能性は限りなくゼロに近い。それなのに菅政権は「五輪は人類がコロナに打ち勝った証しにしたい」などと馬鹿げた、空虚な反知性的言葉を繰り返している。これはGotoキャンペーンにも言えることだが、ただ政権の利権のため、内閣支持率が下がるのが嫌だからやっているとしか思えない。国民のため、アスリートのためという視点が全くない。全く腐敗した政権維持のために行っているに過ぎない。IOCのバッハ会長もほぼ同様だ。IOC内で五輪中止論が次第に強くなっているそうだが、バッハ専制体制の下、表立って異論を唱える人は少ない。

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中止や延期となると、これまで五輪を目標として頑張ってきたアスリートの人たちのことを想うと胸が痛む。しかし命あってのスポーツである。最近アスリートの中からも、五輪に出たいのはやまやまだが、人の安全が第一と発言する人が増えている。JOC理事で、元柔道選手の山口香さんも、添付の記事で『「残念だが難しい」が冷静で、現実的な感覚なのでは』と述べているが、これは良識あるアスリートの意見を代弁しているものではないか。

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私は更に今後、オリンピックそのものを止める方向に世界は向かって欲しいと思う。今、オリンピックは、一方では商業主義に毒され、地球環境を破壊し、資源を浪費する大会に堕落し、経済格差を助長し、他方では中国やロシアのような権威主義的・全体主義的国家の国家発揚・体制維持のための道具に成り果てている。更に、これも山口さんの述べているように、スポーツ界は、トップレベルばかりに価値をおいて、楽しく演じる『口ずさむ』だけのスポーツを軽視して来た。オリンピックを止めれば、このようなことがなくなるのではないか。今でも各スポーツには世界選手権があるが、これで十分ではないか、と思うのである。

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