2.日記・随想・歴史紀行・音楽

2017年6月22日 (木)

祝!!リヤカーを引いて徒歩で日本一周の旅人・鈴木康吉さんが、3年間の旅を経て、遂に日本一周の偉業を達成されました

前回の記事で、鈴木さんが間もなく日本1周の偉業を達成されることをお伝えしましたが、昨日、6月21日(木)午前10時、出発地点の愛知県大府市・五ツ屋公会堂に無事帰還されました。 徒歩で伊能忠敬が日本地図を作るために歩いた道を、リヤカーを引いて徒歩で完歩されたわけです。

その距離、驚くべく
12,202km。まさに少年からの夢を、72歳から3年間の旅で実現。苦難の旅ではありましたが、本人によれば楽しい旅であったそうです。誠にその強靭な体力と精神力に改めて敬意を表し、お慶び申し上げたいと思います。

添付の写真は中日新聞夕刊に紹介されたものです。

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なお、この鈴木さんの旅に関して、鈴木さんを応援されている幼友達であるU・Kさんという女性の方から時々旅の情報を連絡して頂いていました。

今回、U.Kさんから頂いたメールの内容を書きに添付致します。

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本日10時、大府の五ツ屋公会堂に無事帰還しました。

地元老人会の皆様の盛大な出迎えを受けたようです。「受けたよう」というのは、折しも朝からの豪雨で、不案内の土地をタクシーで探し回っているうちに遅れてしまい、晴れやかな瞬間には間に合いませんでした。真っ黒に日焼けした顔は、満足げでした。

堂々とインタビューに答えている姿は、三年前の彼とは、全く違いました。

 

東日本、北海道(2015322日~1024) 6087km

西日本、九州(2016320日~92日)3978km

四国、紀州、三重(2017325日~6月21日) 2137km

総合計 12202km

この一歩一歩が、彼の顔から、滲み出ていました。

6月30日、7時10分ごろから名古屋テレビ、「ドデスカ」で放映予定。

サポーター達が録画予約を入れ、楽しみにしています。

 

大磯の出会いから、絶えずお心を寄せていただき 、ブログまでお借りしまして、ありがとうございました。すごい反応で、ブログの威力をかんじました。

 どうぞご自愛くださいまして、ますますのご活躍をお祈り申し上げます。

ありがとうございました。

 U・K

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(あとがき)
 
鈴木康吉さんにお会いしたのは、2年前、娘夫婦と箱根観光をした後、昔家族一緒に住んでいた保土ヶ谷に立ち寄る途中、神奈川県の海岸沿い、国道1号線に沿って大磯町に入った時、戦後の政治をリードしたあの吉田首相の住んでいた旧吉田茂邸がありました。そこを見学している時、偶然にも鈴木康吉さんと出会いました。

鈴木さんは、江戸時代、あの有名な伊能忠敬が日本地図を作るために歩いた道を、リヤカーを引いて徒歩で踏破すべく、愛知県のご自宅から出発されて間もなくの時でした。

その直後、このことをブログに書きましたが、これを見た鈴木さんの幼友達U・Kさんから連絡を頂き、それ以後時々、旅の情報を彼女から頂いていたわけです。

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 備考:鈴木さんのFBは、鈴木康吉で検索すれば見られます。

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2017年6月19日 (月)

久し振りの奈良

昨日の日曜日、家内と共に留学生のSさんを案内しての奈良は、人また人に溢れていました。最初に訪れた奈良町は、3年ほど前に来た時と比べて、若い人たちが開いた洒落た店が増えたような気がします。“ならまち格子の家”ではカメラマンが奈良観光のPR写真かと思われる着物姿の女性の姿を撮っていました。

そして奈良公園、東大寺大仏殿。外国人の方や修学旅行生が多くを占め、歩くにも人をよけながらというような賑やかさ? 昼過ぎということもあって、奈良公園では、鹿たちが群れになって休んでいましたが、もう沢山の鹿せんべいを観光客にもらって食傷気味なのか、Sさんが与えても、もういらないというような様子でした。京都もそうでしたが、奈良も観光客が沢山訪れてありがたいことですが、静かに古都の雰囲気を感じるには、平日の方がいいようですね。
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タイサンボクの白い花・カシワバアジサイの花を楽しむ

先日、箕面観光ボランティアガイドの仲間と西国街道を歩いている時、珍しい樹木の花に出逢いました。「タイサンボク」という木の白い花です。細やかな繊細な感じの日本の花とは異なり、いかにも大陸の雰囲気を感じさせてくれる花です。

タイサンボクは、「泰山木」「大山木」と書き由来は不詳ですが、大きな花や葉を付け大木になる姿を大きな山になぞらえた、山のような泰然とした姿から名付けられたと言われています。また、花が大きな盞(さかずき)の形をしているから「大盞木」と書いてタイサンボクと読む、という説もあります。日本には明治のはじめに入ってきて、現在では公園や、また広い庭のある家では庭木としても植えられています。

この木は、北アメリカ南部に分布する常緑性の樹木で、自生地のミシシッピ州とルイジアナ州では州の花に指定されています。成木は樹高20mほどになり、葉は濃緑色で光沢があり長楕円形、長さは15cm~20cm。主な開花期は6月~7月で直径20cmほどの白い花を咲かせます。花は芳香を放ち、丸くて大きなつぼみはパカッと音を立てて開くような印象を抱かせています。
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もうひとつ、紫陽花の花としては比較的珍しい「カシワバアジサイ」も沿道のあちこちで見られました。これは、北アメリカ東部原産のアジサイの仲間です。カシワに似た形の5~7つに深く裂けた葉、円錐形の花房が特徴的です。花だけではなく、秋の紅葉も美しく、長期間観賞できるアジサイだということです。
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2017年6月10日 (土)

杉本苑子さんのこと

杉本苑子(すぎもと・そのこ)さんが先日亡くなられた。享年91歳。吉川英治氏に師事し、門下生として10年近い修業をした。1963年には、幕府の権力に抵抗しながら治水の難工事を完成させた薩摩藩士の姿を描いた「弧愁の岸」で直木賞を受けた。この小説を書いて、杉本さんは、人は時代に逆らえぬもの、権力とはむやみに人を苦しめるものと考えさせられた、と述べている。
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杉本さんは、学徒出陣の見送りや敗戦を思春期に体験したことが原体験となっており、そのわけか、弱者の視点から書かれたものが多い。

“天声人語”の言葉を借りれば、・・・英雄を描く時よりも、舞台から落ちて辛酸をなめた者を描く時。政略結婚を強いられた姫君、失脚して幽閉された能吏(のうり)、正室とのいさかいに悩む側室・・・。そんな人生を好んで取り上げた。親しかった作家・永井路子さんとの対談で、再び日本がおかしくなったとしても、「大政翼賛会の小説を書くくらいなら私は筆を折る」と語っているのが印象的だ。 

「小説に恋をした」と言い、生涯独身を通した。そして生前から著作権を含む全財産を名誉市民となった静岡県熱海市に寄贈する契約をしており、30年以上暮らした熱海市に全てを託して亡くなられた。
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恥ずかしながら、私は杉本さんの本を、しつかりと読んだことがない。是非、この後、「弧愁の岸」などを読んで見たい。そして、杉本さんのような視点で、今の世の中をもう一度見つめたくなった。杉本さんの他の著作には、「マダム貞奴」「穢土荘厳」などがある。

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2017年6月 7日 (水)

国際ペンクラブも共謀罪法案に反対表明

国際ペンクラブも共謀罪法案に反対表明しました。平成の治安維持法です。戦前の暗い世の中に逆戻りすることを許してはなりません。
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また、この共謀罪法案に関しては、これまでの政府の説明を根底から覆すような「書簡」が、国連人権理事会から選任を受けたプライバシー権の保護を任務とするジョセフ・ケナタッチ氏から安倍首相に届けられ、同氏はこれに懸念を表明しています。

11年前に、共謀罪が3回廃案になった当初から、最近にいたるまで包括的な共謀罪創設は、「国際社会の強い要請」 という言葉が政府の常套句でした。「(共謀罪創設)という法整備がなければ、国際組織犯罪防止条約に入ることができない」という枕詞をもって、法案の必要性を説いてきた政府・法務省・外務省にとって、ケナタッチ氏の「書簡」は立法事実の土台を揺るがすものです。

.しかしながら安部政権は、いつものように、質問をはぐらかし、詭弁を弄して、ジョセフ・ケナタッチ氏の質問に対して不誠実な態度に徹し、真実を隠蔽しようとしています。右翼国家主義の色彩の濃い安倍政権ということを考えると彼らが国民を監視するために必要なものかも知れません。

しかしこのような法案ができると日本はますます民主主義国家とは言えなくなると言っても過言ではありません。

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2017年6月 4日 (日)

リヤカーを引いて徒歩で日本一周の旅人・鈴木康吉さんは、間もなく日本一周の偉業を達成されます

<リヤカーを引いて徒歩で日本一周の旅人・鈴木康吉さんは、間もなく日本一周の偉業を達成されます>

今、鈴木さんは、6月3日の時点で、三重県・南伊勢町まで到達。愛知県のご自宅まであともう少しのところまでやって来られました。
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鈴木康吉さんにお会いしたのは、2年前、娘夫婦と箱根観光をした後、昔家族一緒に住んでいた保土ヶ谷に立ち寄る途中、神奈川県の海岸沿い、国道1号線に沿って大磯町に入った時、戦後の政治をリードしたあの吉田首相の住んでいた旧吉田茂邸がありました。そこを見学している時、偶然にも鈴木康吉さんと出会いました。

鈴木さんは、江戸時代、あの有名な伊能忠敬が日本地図を作るために歩いた道を、リヤカーを引いて徒歩で踏破すべく、愛知県のご自宅から出発されて間もなくの時でした。
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そして、2年前のその年は、東北、北海道を経て東日本を踏破、昨年は山陰、中国、九州を踏破、そして今年は3月25日に出発、ご自宅から、伊勢、生駒、大阪市を経て四国へ、徳島、高知、愛媛、香川、高松を経て紀伊半島へ、それから白浜、串本、新宮を経て、6月3日、南伊勢町へ到達されました。

日本の海岸線に沿って、歩いて踏破するという伊能忠敬以来の、日本で二番目の偉業は目前に迫っています。あともう少しです。残りの旅路でのご健闘をお祈りしたいと思います。
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備考:鈴木さんのFBは、鈴木康吉で検索すれば見れます。

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2017年5月29日 (月)

六道珍皇寺

(English follows Japanese)
先日、オーストラリアから来られた日本の歴史・文化研究者で作家のJ・Wさんとお会いするために家内と一緒に京都へ。行先は、彼女の希望で、まだ訪れたことがない珍しいところがいいということで、建仁寺の近くにある「六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)」へ行って来ました。この寺は“六道まいり”で名が知れたところです。

六道とは、仏教の教義でいう地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道の六種の冥界をいい、人は因果応報により、死後はこの六道を輪廻転生するということで、この六道の分岐点で、いわゆるこの世とあの世の境の辻が、古来より当寺の境内あたりであると言われ、冥界への入口とも信じられて来ました。...
このような伝説が生じたのは、この寺が平安京の東の墓所であった鳥辺野に至る道筋にあたり、この地で「野辺の送り」をしたことと、小野篁が夜ごと、冥府通いのため、本堂裏庭にある井戸をその入口に使っていたという言い伝えによるものです。

小野篁は、嵯峨天皇に仕えた平安初期の官僚で、文武両道に優れた人物でした。遣唐副使にも任じられましたが、大使と争い、嵯峨天皇の怒りに触れて隠岐に流されたこともあります。小野篁は閻魔王宮の役人と言われ、昼は朝廷に出仕し、夜は閻魔庁に務めていたという伝説があります。尚、小野篁は、小野妹子を先祖に持ち、小野小町、小野道風の祖父にあたります。
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当日は住職さんに案内してもらうように予約していました。住職さんの詳しい説明は大変深く感じました。六道珍皇寺の歴史、小野篁のこと、寺宝の「熊野観心十界図」、小野篁が使った言われる井戸のこと、などなど。この後、木屋町通二条にある、がんこ寿司「高瀬川二条苑」の川床で鴨川を眺めながら料理を楽しみました。J・Wさんとの出逢いは大変楽しく感じられました。彼女は、これから暫く取材のため、九州方面に行かれる予定です。
This temple is a sub-temple of Kenninji Temple and is well known as Rokudo-san. Around here, people sent off the deceased to a burial mound known as Toribeno (the hilly area located in the southeast). It was called Rokudo-no Tsuji (the corner of Rokudo) and was believed to be the border between this world and the other world. Rokudo means the six Buddhist realms, one of which every living things is supposed to be sent  according to its deeds in this world.Legend has it that Takamura Ono, who served the Emperor in the daytime and Enma(Yama, the ruler of the underground in Buddhist mythology) at night, went to the other world through the well behind the main hall.

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京都・葵祭

今年も京都三大祭の一つ「葵祭」へ行って来ました。葵祭の中で最も知られていて華やかな行列「路頭の儀」を観るためです(5月15日)。葵祭は、世界遺産である下鴨神社と上賀茂神社の例祭で、今から1400年前欽明天皇の頃、長く続く凶作を鎮めるための祭りとして始まり、その後盛衰を経て、元禄7年に再興されたそうです。行例に参加する人、御所車、牛馬など、全てが葵の葉で飾られることからこの祭りの名があるそうです。
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今回は、スイスからの留学生、S・Rさんと一緒です。彼は今年の春、日本歴史や文化を学ぶために来日しました。既に日本に関する知識も相当持ち合わせています。丁度この時期、葵祭があるので、日本を知ってもらう絶好の機会として、家内と一緒に案内しました。

葵祭の行列が京都御所を10時半に出発するというので、10時15分頃に現地に着きましたが、もう既に沢山の人波。外国人の姿が目立ちました。葵祭のような文化があるからこそ外国の方が沢山、我が国に来てくれるのだとつくづく思います。

ところで、行列は平安装束を着た約500人が新緑の都大路を練り歩きます。行列は1kmにも及び、下鴨神社を経て、上賀茂神社へ向います。行列の最後を飾る牛車が、紫の藤の花房を垂れ下げ、車輪を軋ませながら進む姿はことのほか優雅に感じられました。

行列を観終わった後、寺町通りを経て錦市場へ。そこの寿司屋さんで食事後、二条城へ向いました。二条城でも修学旅行の学生や外国人観光客で溢れていました。一年前来た時よりも、二条城の各部屋の説明が日本語も英語も充実し、分かり易く説明されていました。
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2017年5月 7日 (日)

嘘の発言に麻痺してしまう危険性

最近の世の中、何が本当に正しく、何が間違っているか、ということが一般の人にはわからなくなって来ているのではないかと、感じられる時があります。

一昔前には、それぞれの異なる意見の持ち主が、それぞれ比較的平等に意見を述べ、意見を戦わせた結果、間違った意見を述べた人も、ある程度その非を認め、双方が、お互いに適切な妥協点を探ったことが多かったように記憶しています。

しかし、最近のトランプ・アメリカ大統領の発言や日本においても森友疑惑事件や共謀罪法などに関して、国会での審議を聞いていると、権力を有する者が、権力を笠に着て、間違ったことを正しいと言いくるめ、そして何度質問しても同じような答弁を繰り返すというようなことが多く見られます。

このようなやりとりを聞いていると、その内、聞いている国民の中には、“嘘の発言に麻痺して”、それが正しいように思えてくる者も現われてくるのではないかと思えてなりません。

日本人は、やはり“長い物には巻かれろ”にあるような“ひ弱な”国民なのでしようか? いや、“判官贔屓(ほうがんびいき)”という弱者の立場に立って権力に立ち向かう正義感という資質も持ち合わせています。ある人の言葉を鵜のみにする人もあれば批判する人もいます。

人は集団の中で生活することは避けられません。その集団の中で、支配的な人、声の大きい人の言葉に誘惑されずに、その言葉が正しいかどうかを、一人一人が納得して決めることが人間として求められ道なのではないかと思いました。

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2017年4月27日 (木)

喜劇王・チャプリン制作「独裁者」のこと

先日、テレビで、喜劇王・チャプリンの映像を観ました。チャプリンと云えば、極右ナチス・ドイツを率いたヒトラーと同じ歳で、ヒトラーの絶頂期に敢然とファシズムを非難したことで知られています。彼が、映画「独裁者」を制作した時、ナチスからの妨害はいうまでもなく、ドイツを刺激したくない関係者からも圧力や脅迫が相次いだといわれています。

この「独裁者」のラストシーンでの、チャプリンの演説は感激的で、当時の人々を勇気づけました。「私たちは、他人の不幸によってではなく、他人の幸福によって、生きたいのです。憎み合ったり、軽蔑し合ったりしたくはありません」「(地球の)大地は豊沃(ほうよく)で、全ての人間を養うことだってできるのです」「独裁者というのは、自分だけは自由にするが、人民は奴隷にするのです」「世界の解放のために戦おうではありませんか。・・国と国との障壁をつくることなく・・貪欲や非寛容を追放するために」
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あれから80年経ちましたが、この演説は今でも“良心”をもつ人の心に響くものと思います。何故ならば、現在の世界にもまだ、多くの独裁者や極度の貧しさに喘ぐ多くの人々がいるからです。今、欧米で起きている右翼ポピュラリズムの嵐。つい先日もフランス大統領選挙で、リベラルなマクロン氏と極右のルペン氏との決選投票になりましたが、良識あるフランス国民が、マクロン氏を選んでくれることを期待しています。日本においては、極右組織・日本会議に支えられた安部政権が日本の右傾化を進めているのが心配です。
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歴史を学べば、何ごとも始まりの、小さな萌芽の中に危険な将来の結末が包摂されています。

私の敬愛すべき、作家・歴史家の半藤一利氏は、「今と昔では時代が違う」と言う人もいるが、私はそうは思わない。・・・戦前の日本はずっと暗い時代だったと思い込んでいる若い人もいるが、太平洋戦争が始まる数年前までは明るかった。・・・それが窮屈な世の中になるのは、あっという間だった。その時代を生きている人は案外、世の中がどのような方向に向かっているのかを見極めるのが難しいものだ」と。
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